Nin

□疎外感
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さっきまで近くにいたのに



食堂にいる彼は真剣な顔をして土井先生と話していた。僕が近づこうとすると仕事はどうしたのと追い払われる。僕が寂しくしてるところを彼は見ているだろうか、彼の視線は別の人。
仕事が終われば傍にいてもいい。放たれた言葉を前向きに受け取ってみる。急いで門の掃除を終わらせると、トントンと扉を叩く音が聞こえた。北石照代さん、お久しぶりです。久しぶり、利吉さんは来てる?はい、食堂で土井先生と話していらっしゃいます。彼のことを聞かれて何故か胸が痛くなる。これから会えるのだから気に病む必要はないのに。一緒に行きましょう。笑顔を作って、できるだけ友好的に。しかし努力甲斐無く北石さんは眉間に皺を寄せた。何で?……何でって……。私たちはこれから忍者の大事な話をするの、あなたはただの事務員でしょ。反論ができない。僕なんかいても役に立たないですよねー。そうよ。北石さんは何もなかったように中に入っていった。僕も何もなかったかのように笑っていた。



あなたと僕の間の見えぬ壁。越えることができない自分に涙が溢れた。









どうしたら僕を見てくれるだろう。



いつものように、お団子屋さんに行きませんか、と彼を誘ったけれども用事があると首を振られる。では他の日は。仕事がある。彼は忙しい身、売れっ子フリー忍者、空いてる日なんかそう無いのだ。珍しいことに北石が忍術を教えてほしいと言ってきたんだ。北石さんが……。僕にはあんまり教えてくれないのに。これから北石と仕事をする機会が多くなるかもしれないし、足を引っ張られるのも困るからね。頭に浮かんでいるのは僕ではなくあの人。じゃあねと離れていく彼の心に僕はどれだけ占めているのか。
ただ独り占めしたいという子供らしい感情。無理だとわかっているのは子供が成長している証。でもせめてこっちに顔を向けてほしい。胸がつまると胃もつまってしまった。美味しいおばちゃんの料理も砂利の味。こっそりしんべヱ君にあげたこと数知れず(おばちゃんは気付いていると思う。心配そうな顔をしているから)。顔色が悪いですよと伊作君が声をかけてくれた。君が彼だったらよかったのに。



彼は僕より10歩前を進んでいる。後ろなんて気付きもしない。僕の声は、届かなかった。










墜ちる



体調不良は続き、吉野先生から暫く実家で休みなさいと事務室を追い出された。学園から出たら彼に会えなくなってしまうのに。悲しみの連鎖。元気になったら、また戻ってきなさい。土井先生が励ますけれど、彼から離されてしまってどうして回復するだろうか。山中をふらふら歩く。今なら猪にひかれて飛べる気がした。上へ上へ青空へ、彼が見えるくらい高く。がさがさなる草むら。猪が迎えに来てくれたのかしら。現れたのは赤い忍者。お前そこで何している!何って……息?本当のことを言ったのに、忍は顔を真っ赤にして馬鹿にしているのか!と怒鳴った。逃げろ。本能が叫ぶ。自分の全速力で走った。相手も全速力で追い掛けてくる。しかしたどり着いたのは崖の上。もう、逃げられない。じりじりと迫りくる敵。御約束が通じるなら崖から落ちても大丈夫だけれど……。もし僕が儚くなったら彼は見てくれるだろうか。赤を瞳に映す度に思い出してくれるだろうか。ふふ。何を笑っている、おかしくなったのか?そうかもしれません。後ろへ大きく一歩下がった。



瞼に映るは彼の笑顔。こっちを向いて、愛しい人。



夢に手を伸ばした。








彼が僕を見ていた。


空が遠く、彼が近い。ここはあの崖の下。自分の死が刻々と迫っていることは分かる。彼は珍しく泣いていて、拭いたかったけれど、手が言うことを聞いてくれない。ぽつぽつと頬に雫が落ちる。彼のそばに落ちている刃には赤い血。どうかどうか忘れないで。ずっとずっと覚えていて。このままでは消えてしまうから、最後の言葉を残します。






呪われよ




瞼を、閉じた。





夢を見た。酷い夢を。


良かったと彼が泣きそうになりながら微笑む。らしくない表情、初めて見た。見慣れている学園の天井、白い布団、覚えきれないほどの漢方が入っている棚。僕は生きているらしい。どうしてこんなに痩せてしまったんだ、まったく君は……。利吉さんは本物の利吉さんですか。何を言っている、当たり前だろう。夢じゃなかった、伸ばした手は、届いた。彼の大きな手はちょっと冷たい。ねえ、ねえ利吉さん、北石さんはどうしたんですか。君はそんなこと気にしなくていい。彼は立て膝になり、立ち上がろうとする。僕は慌てて腕を引っ張った。……すぐに戻ってくるよ。本当に?ああ、先生たちに連絡するだけだから。良かった……。瞼が重い。逆らう理由などなかった。




どちらが夢でどちらが現実か。
そんなものは些細なこと。
もしかしたらここは天国かもしれない。それでも喜ばしいこと。


だって彼がいるんだから。

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