Nin

□呪い
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ひどい夢を見る。



呪われよ。そう言って死ぬ目の前の人間。容姿はよく見えない。呪われよという声だけが耳に残る。気分の悪い夢。実際呪われているのかはよく分からないが、呪われていても不思議ではない友人はいた。彼の名前は小松田秀作、よく階段から落ちる子だ。出逢いも彼が階段から落ちたところを助けたことがきっかけだった。それ以来目が離せず、今現在共に昼食を屋上で食べている。そういえば、利吉さんにお手紙です。頬にご飯粒を付けて思い出したように言う彼。ご飯粒を食べてやりながら、手紙を受け取る。誰から?クラスの女の子に頼まれました。ふうん。つらつらと書かれた恋の言葉。一生懸命書きました感が伝わってくるけれども、胸にまでは届かなかった。今まで何度も恋文をもらった。思いに応えたことは一度もない。大切にするべき人は違う人。愛する人は違う人。呪われよという声が響く。誰も愛せないということが呪いなのだろうか。

恋文をビリビリ破く。こんなものただの紙切れ。彼女にごめんねって伝えておいて。嫌とは言わせない。



少なくとも、彼女より彼のほうが気になるが、口には出さなかった。









彼が落ちる。私の手は届かず、彼の体は地面に打ち付けられた。弱々しく彼は微笑み、決まってこう言う。呪われよ、と。私は赤い手で彼の白い手を握ったのだった。



新しい夢。夢の続き。彼に出会ってから夢の時間がよく進む。その彼の兄が何故か私の前でコーヒーを飲んでいた。私の手にもコーヒー。突然道端で名前を呼ばれ、秀作の兄の優作ですと名乗られ、静かな喫茶店に誘われたのだった。今まで一度も会っていなかったのに、どうして私を知っているのだろう。不可解な謎。弟からよく話は聞いていました、顔は写真を見せてもらって。成る程、で、用事はなんですか。優作は人の良さそうな顔のまま口を開く。弟から離れてくれませんか。は?あなたに弟は任せられないのです。いきなり初対面の人間に向かって何を言うのだろう、失礼な兄だ。確かに意地悪した憶えが無いのか聞かれれば肯定はできないけれども。大事な弟をもう不幸にはしたくないのです。何故、私が秀作くんを不幸せにすると思うのですか。優作さんはコーヒーを置き、真っ直ぐ私の目を見つめる。


あなたが山田利吉だからです。


優作さんは伝票を持って立ち上がった。それでは、秀作がそろそろ帰ってくる時間なので。言いたいことだけ言って、自分勝手だ。優作さん。はい?私はあなたが嫌いです。優作さんはやはり笑顔のままで答える。奇遇ですね、わたしもです。




頭を冷やし、よくよく考えると、彼と写真を撮ったことはないはずだ。じゃあどうして私を知っていたのか。謎は尽きない。








そこは扇子屋だった。よく知っている人の実家。彼の兄や職人はみなさめざめと泣いていた。その屋敷で笑っているものはだれもいなかった。どうして行ってしまったんだ。返事のない遺体。彼の兄は私を見ると、鬼のような形相をする。拳を腹部に当てられるが、文句など言わなかった。言えるわけがなかった。私は静かに泣いている。殴られた痛みからではない。私は静かに泣いている。抉られた心に他の感情なんているだろうか。呪われよ。確かに自分は呪われた。



今日は雨だった。久しぶりの雨だ。昼食は空き教室。机を向かい合う形でつなげる。彼はまだ来ない。背もたれの木がちょっと剥げた椅子に座った。今朝もまた夢が進んだ。あれは事後だろう。もう少しで顔が見れたのに、とても惜しかった。5分過ぎた。彼はまだ来ない。濡れた廊下に滑っているのか…………まさか階段から落ちたとか。心配になってくる、迎えに行けばよかった。ガタッと椅子から立ち上がると同時に少し汚れたドアが開いた。遅くなってごめんなさいー。……大分待ったよ。安心して力が抜けた。椅子に座って頭を抱える。私はこんなに心配性だっただろうか。これじゃあ彼の兄みたいじゃないか。



夢の私は泣いていた。彼の心配は現実なったのだろうか。真実は思い出せない。









弁当箱に綺麗なプチトマトが入っていた。ふう、と溜め息をつく。別にトマトが嫌いなわけじゃない。苦い苦いと評判のゴーヤだって好きだ。問題は色。赤を見ると夢を思い出す。赤い土。赤いナイフ。赤い目の前。利吉さんにも嫌いな食べ物があったんですね。味は好きだよ、色が苦手なだけで。生きてる上で赤は数えきれないほどある。信号機、林檎、日の丸、そして血液。小さな頃は酷く動揺したけれど、今はもう慣れてしまった。 僕も赤は苦手です、戦隊物なんか特に。意外だな、君はそういうのが好きそうなのに。勧善懲悪の世界。この世とは違う、白黒に別れた世界。悪側にもきっと理由があると思うんです、でもヒーローはそんなの関係なしに倒すから。ああ、確かに。夢の中で自分はヒーローだったのだろうか。傍にあった赤い小太刀、赤い彼。彼は呪われよと呟く。彼はどんな気持ちで言った?私は泣いていた?夢の始まりは物事の始まりではないのかもしれない。夢は進みすぎた、巻き戻しぐらいさせてほしい。利吉さん、ねえ利吉さん?彼の言葉は耳に入らなかった。




夢の中で彼は一人だった。顔は見えない、しかし表情は読めた、分かってしまった。淋しそうな笑顔。彼はまだ苦しんでいる。彼はどこにいる。彼は、誰だ。
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