Nin

□科学者とアンドロイドの声
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物真似名人鉢屋三郎。ただいま好きな人がいます。

彼の名前は不破雷蔵。素敵な笑顔と私の心の持ち主。


さて、私は雷蔵とキャッキャッウフフしたいわけだが金が無い。
高校生でアルバイトはなかなか見つからない。
そんな私に射した一筋の光。


「君の声が欲しいんだが」



光は黒髪だった。


道端で電話して、切った途端に知らぬ男に肩を叩かれた。

目鼻立ちが整い、サラサラの黒髪、つり目の所謂イケメンだ。人生の勝ち組だ。



「声が欲しいってどういう意味ですか」
「君がアンドロイドに合う声だったから、録音したいんだ。勿論ただではないよ」


指が二本立つ。


「二万?」
「二十万」


頷いても仕方ないと思う。





翌日、学校が終わったら来てねと渡された住所を見てそこに行く。

閑静な住宅街にある、見た目はごくごく普通の一軒家。表札には山田とかけられている。

おかしな点は真っ昼間なのにカーテンが閉まっているところだ。


インターホンを押すとすぐに家主が迎えてくれた。

中はすっきり掃除しており、リビングには花が飾られている。
キッチンが荒れている様子は全くない。


「綺麗好きな奥さんなんですねえ」
「私に妻はいないよ」
「え!?」


一軒家に独り暮らしなんて贅沢な!


「もう年齢も年齢だし、すぐにでも同棲できるようにね」


出会い→付き合い→同棲なのだろうか。展開が早い。


廊下を進み、部屋に入るとマイクを渡された。
これで録音するらしい。

山田さんはパソコンにむかってカチカチと何かプログラムを起動させていた。
真剣な顔。


「まず、『あ』をドの音から」


ドの電子音が流れる。

「あー」


レの電子音。

「あー」


ずっとこの作業が繰り返し続いた。











「んー」

「はい、終了。お疲れ様でした」

やっと終わった。もう外は暗いはずだ。
さすが二十万円のアルバイト。このまま早く寝てしまいたい。


「これがお給料ね」
「二、四、六………ありがとうございます。
そういえば、私の声が入るアンドロイドはどういうのなんですか」



山田さんは無言で薄ら笑う。

私はこれ以上追求出来なかった。



二十万円の入った封筒は鞄の中。
寄り道したら負けだ。大金を落としてなるものか。

あの山田さんの表情を私はよく知っていた。
雷蔵を思う私の表情とそっくりだ。

自分で言うのもおかしいが、あの人の執着はきっと凄まじい。
大金の報酬は口止め料も含まれている。


……自分に不利益がなければまあいいか。

割り切ってこれからのデートの計画を考えた。







デートは駅で待ち合わせ。

雷蔵は優柔不断だから、洋服で悩んで遅刻するに違いない。
困り顔の雷蔵も可愛いよなあ。自分が歪んでいることは分かっている。



雷蔵の頭が見えた。
名を呼ぶ前に近づくと彼は栗毛の学生と話していた。



しかしその声が。その声は。




「っ雷蔵!」


恐ろしくなって声をあげてしまう。
情けないことに、腕は震えていた。



「三郎!遅れてごめんね」

「いいんだそんなの。雷蔵に会えれば」



栗毛の学生は礼を言って人混みに消えていった。

「道を教えてたんだ」

「さすが雷蔵は親切だなあ」

「だってね、声が三郎そっくりだったから放っておけなかったんだ」



そんなに似てた?なんて聞き返すことは出来なかった。心当たりがあったから。

あれがアンドロイドなんだろうか。表情も抑揚も髪も手も暖かみのある人間そっくりだ。
いやしかし生の人間という可能性もある。分からない分からない何もかも。



「どうしたの?」


雷蔵が私の手をぎゅっと握って心配そうな顔をする。

そうだ今はデート中だ。夢にみた時だ。もう割り切ると決めたじゃないか。





さあこれからはデートの時間。
栗毛の学生と逆の方向に足を踏み出した。

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