Nin
□科学者と恋人
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「秀ちゃん、昨日スーパーにいた?」
きっかけは幼なじみで同級生のタカ丸君。
「ううん、昨日は真っ直ぐ家に帰ったよ」
「あ、そうだよね。やっぱり人違いか。スーパーで秀ちゃんそっくりな人がいたんだ」
「お兄ちゃんかなあ?」
「優作さんじゃなかった。秀ちゃんに瓜二つだった」
力説されても嬉しくない。
家に帰ると今度は兄が僕のそっくりさんを見たと言った。
そしてタイミング悪く季節外れのホラーアニメが。
ドッペルゲンガーに会うと死んでしまうよ。
よくある迷信。都市伝説。
そんなことがあるものか、と兄は言うけれど、小心者の僕は信じてしまう。
「お兄ちゃんどうしよう!僕死ぬの!?」
「大丈夫だよ、ただの作り話さ」
泣きじゃくる僕に兄は背中を擦ってくれた。
しかし、残念なことに翌日僕は出会ってしまったのであった。
よくある商店街に僕と同じ顔。
顔だけじゃない。髪の色質、肌、背格好も一緒。違うのは相手がロングヘアーであることと、僕が制服を着ているのに対してドッペルゲンガーは洋服。
夕焼け色のマフラー、黒い皮手袋、同色のロングコートと皮のブーツ、ドッペルゲンガーは寒がりらしい。
ドッペルゲンガーは感情の無い目で僕を見ている。静かに僕の全身を見ている。
反対に僕の心臓はバクバク音をたてて、寒いはずなのに汗が一筋落ちた。
「アナタハ 小松田 秀作 デスカ?」
「名前!?どうして!?……っ!」
黒い右手が僕の左腕を掴む。
身を退こうとしても硬い指が離さなかった。
「小松田 秀作 ニ 会イタガッテイル 人 ガ イマス」
「痛!離して!」
しまった!否定すればよかった!後悔しても後の祭。
でもここで叫べば誰か助けてくれるかもしれない!
息を深く吸って。
「スミマセン」
腹部に鈍い衝撃。暗転。
ゆっくり目を開ける。
白くてふわふわのベッド。二人ぐらい余裕で眠れそうなサイズだ。寝返りしても落ちなくて安心。
知らない部屋だ。
白い部屋の隅には可愛い緑色怪獣のぬいぐるみが置いてある。
ポケットの中のケータイを探そうとするが、ない。
ケータイがないというより制服を着ていなかった。
黄緑色のパジャマ。僕にぴったりだった。
かちゃ、とドアが開く。
「やっと目が覚めたんだ」
黒髪で整った顔(男前と言うのだろうか)の男性。
歳は三十路前後。雰囲気が大人。
「ケータイ知りませんか?オレンジ色で、ミニ扇子のストラップがついてるんですけど」
「普通『ここはどこ』とか聞かない?」
「え、あ、そうですね!ここはどこですか?」
「まったく、君らしいよ。ここは君の部屋」
「ここは僕の部屋ではないですよ?」
「言い方が悪かったね。これから君の部屋だ」
「何を言って。あなたは誰……?」
何かおかしい。何か変だ。
身体がぞわぞわする。
「そうか、思い出してないのか。私は山田利吉。君の……小松田秀作の恋人だよ」
「嘘……初対面でしょう」
「12も歳が離れてしまったんだ、分からなくても仕方ないか。でも私は覚えている。ずっと君を探していたんだ」
彼は嬉しそうな顔をしていた。
逆に気味悪い。
「……人違いです、帰ります」
「この時代になっても物分かりが悪いな。小松田君はここで暮らすんだ」
苦しいくらい抱き締められる。
痛い、いたいと言っても解放してくれない。
開けたままのドアの向こうにドッペルゲンガーがいた。
無表情で僕を見ている。
ドッペルゲンガーに会ったら死んでしまうよ。
逃れる術はない。
目を閉じて、彼の胸に身を任せた。