Nin

□科学者とアンドロイド
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私が起動したとき、男は笑っていた。



声を得た日も彼は笑っていた。名を呼べと言った。登録された通り『利吉サン』と音を流した。彼は涙を流した。

オカエリナサイ。駆け寄ると彼は笑う。
データ通りに適温の緑茶を注ぐとありがとうと言われた。眉間に皺を寄せて笑った。

私はコンピューターなので命令に従っていた。
料理も掃除もなんでも完璧だった。茶を零すなんて失敗は一度もしたことが無い。

私の行動原理は製作者山田利吉の笑顔だ。
彼の顔が歪むようなことは決してしないし、したとしても学習機能で同じ失敗は繰り返さない。

そんな高性能だが、いつしか彼は笑わなくなり、残ったのは眉間の皺だけだった。
それは命令に反している。
しかし間違ったことはしていないはずだ。ウィルスの危険性がある。



私は買い物もできた。冬限定なのは身を包む必要があるからだ。
私の関節は人間とは違う。驚かれたら面倒だと彼が言った。

商店街で私と同じ顔に会った。
彼の言う小松田秀作であれば彼は笑ってくれるだろう。
プログラムに入っていた通りの行動する。



彼は小松田秀作を抱き締めて笑っていた。小松田秀作は泣いていたが、その点に問題は見当たらなかった。
一週間たっても小松田秀作は泣いていた。首を振っていた。
その度に頬を叩かれていた。彼は笑っていた。
三週間目。彼は自身を利吉と呼ぶよう小松田秀作に命令していた。小松田秀作は黙っていた。彼は怒った。小松田秀作は静かに泣いていた。
一ヶ月。小松田秀作は黙っていた。どこか宙を見ていた。自ら食べるということをしなかった。無理やり粥を流し込んだ。彼はすまない、すまない、と言っていた。
二ヶ月後。小松田秀作は熱を出して倒れた。彼は小松田秀作のために薬を買ってきなさいと指令した。彼は健康だったが苦しんでいた。


彼は私を見ない。彼は私に笑わない。それは命令に反している。


薬局で風邪薬を買うと若い男から大丈夫ですかと尋ねられた。


「僕の名前は善法寺伊作。あなたは?」

「シュウデス」

「はい、シュウさん。これあげます」


握らされたのはレモンの喉飴。
私は食べない。無造作にポケットに入れた。



泣き声が聞こえない家。
彼は小松田秀作に口移しで薬を飲ませた。


「お願いだ、もう一人にするな」


彼は泣いていた。




翌日、彼は笑っていた。


「利吉さん、おはようございます」


ベッドの中で小松田秀作も笑っていた。
頬をつねられて皺を寄せることはあったけれど、泣き叫ぶことはなかった。

順応したのか、彼の言う昔を思い出したのか、逆に今を忘れたのか、私には関係ない。

ただ彼は笑っている。小松田秀作の隣で笑っている。

私には笑わない。




働きたくなかった学習機能が勝手に動いた。

彼が笑うには小松田秀作が必要不可欠だと。


私は、いらない。





「小松田優作に別れを告げてきて。帰ってこなくてもいいから」



『〇〇てもいい』は命令ともとれる。



さようなら利吉サン。




ポケットの中のレモンキャンディ。
酸っぱいと感じられれば捨てられなかったのか。
私には分からなかった。

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