Nin

□彼が知らないなんて珍しくて
1ページ/1ページ


彼が知らないなんて珍しくて



12:00に駅の改札で待ち合わせ。若いカップルがわらわら。その中で一人彼は立っていた。遅くなってごめんなさい!僕は走りながら謝る。黒いマフラー、黒いジャケット、黒っぽいジーンズは黒髪の彼によく似合っていた。僕は夕焼け色のダッフルコート(兄が選んでくれた)、裾に刺繍が入ったジーンズ(兄が買ってくれた)、黄緑のシューズ(兄がry)と少し子供っぽい。そこまで待ってないからいいよ。頭をぽんぽんと叩かれると少し暖かな気持ちになった。理由は分からない。
今日の目的は手芸・ホビーの店ユザワヤである。なんと、利吉さんは行ったことがないらしい。都心ならあちこちにあるし、チラシもよく入るのに、意外だ。そしてもっと意外なことに百貨店には一、二回しか入ったことがないという。僕は両親やお兄ちゃんに連れられて、よく行くんですよ。仲がいいんだね君たちは、今どき珍しい。そうですか?エスカレーターでの会話。彼はいつでも上の段だった。自分がさらに小さくなったようで悔しい。僕はいつだって顔を上げている。
ユザワヤの入り口には見きれないほどの布がずらりと並んでいた。可愛い小花柄、ポップなうさぎ柄、デニム、美しい和柄もあった。男同士の客は数人だけ、ちょっと恥ずかしい。それでも彼はずんずん進んでいく。曲がった定規が珍しい、とか、毛糸も色んな種類があるんだね、とか他愛ない会話。僕は返事しかできない。何となく緊張してしまう。笑顔でいようと努めているけれど、鏡はどこかにあるだろうか。こんなに気苦労するんだったら断ればよかった。一人で行ったほうが楽だ。
昼食場所は彼が決めてくれていた。ユザワヤから徒歩約15分。ファミレスだった。ここが一番美味しくて、量も多いんだ。利吉さんはファミレスの研究をしたことがあるんですね。そういえば彼は一人暮らしだ。詳しいのも当然かもしれない。何を食べる?メニューをテーブルに広げて悩む。ハンバーグも美味しそうだし、オムライスも卵がふわふわだ。ドリンクバーがついて1000円。お買い得。決まった?うーん、……決まりました。そう、と言って彼はテーブルに置いてあるボタンを押した。ポーン。背筋を伸ばしたウェイターが紙とペンを持ってやってくる。お伺いします。ええと、おろしハンバーグをセットで。カレーハンバーグ目玉焼き乗せセットを一つ。畏まりました。
私はカレーに拘りがあってね。ふんふん。まず玉ねぎだけを炒めるんだ。ふんふん。カリカリなるまで炒めて。ふんふん。最後にカレーにふりかけるんだ。ふんふん。利吉さんがカレー大好きということはわかった。他にもお喋りをして、何回も飲み物をお代わりした。家族のこと、クリームソーダのソーダが青かったこと、未来のこと。昔の人は職業が決まっていたから、悩まずにすんだでしょうねえ。それが自分のやりたいことだったら幸せだろうね、次男以下だったら大変だろうし。僕は次男だから大変な目にあう人ですね。確かに。そこは否定して欲しかったです。
そろそろ帰ろうかなという夕方に、彼はラッピング用品がみたいと店へを僕を引っ張って行った。色とりどり、つるつるな紙やキラキラ反射するビニールで作られた袋。彼は目を動かし、手を動かしながら探していた。贈り物ですか?ああ、ただ何を選んだらいいか分からなくてね。もうプレゼントは買われたんですか?チョコレートをあげるんだ、そうだ、小松田君も選んでくれ。僕のセンスでいいんですか!?扇子屋の息子だろう?確かにそうですけど……贈り物の箱の色は何ですか。濃い緑の箱で長さは30センチくらい。ふんふん。その色だったら紺色があうだろうか。ピンクや赤も可愛いけれど、彼が持って似合うかは微妙だった。桃色の袋を持つ彼……想像はやめよう。シンプルでフランス語のロゴが入った紺の紙袋を手に取る。これなんかいかがでしょうか。彼は少し悩んでから、礼を言ってレジに向かった。
路線が違うから駅でお別れ。彼は改札まで送ってくれた。今日はありがとうございました。30度くらい頭を下げる。ちょっと待って小松田君。黒い鞄から横30センチほどの濃い緑の箱が出される。そしてそのまま先程買った紙袋の中に入っていった。あげるよ。紙袋を受け取る。箱の中身はチョコレートと書いてあった。ココナッツ入りで可愛い花の形。僕は自分の袋を選んでいたんですね、全く気付きませんでした。袋を失念していてね、是非食べてほしい。嬉しくてにこにこしてしまう。人前じゃなかったら抱きついていたかもしれない。お兄ちゃんと一緒に食べますね!彼は少し皺を寄せた。




兄に彼からのプレゼントを話したらやはり皺を寄せていた。そういえば今日はバレンタインデーだ。お返しも考えなくてはいけない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ