Nin

□香
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久しぶりに会った利吉さんはいつものように、やあ、と手を振った。



門に箒を立て掛け、駆け寄った。入門票に山田利吉と教科書に載っているような綺麗な字で書かれている。頭をぽんぽん叩かれると思わず目が潤んでしまった。本当に久しぶりなのだ。一週間に一回(山田先生の洗濯物の限界)は会っているのに、今回は一ヵ月ぶりだ。ぎゅうと抱き締めると鉄の匂いがした。怪我を負ったのだろうか。彼も僕に腕を回し、右手を後頭部に添えている。


「君に預けたもの、返してくれないか」


耳元で囁かれる。
はて、何かもらっただろうか。一ヶ月間寂しい寂しいとそればかり考えていたけれど、何か預かった覚えはない。


「どうして黙っているの」


痺れを切らした彼が右手を首にずらして力を込めてきた。身体が地面から離れる。苦しい。くるしい。イライラしているときはいつも僕の頬をつねていたが、首を絞められるのは初めてだ。今まで以上に怒っているのだろうか。
涙がぼろぼろ落ちる。


「ごめ、な さい。おも だせなく  て」

「早く渡すんだ」


潤んだ目で顔を見ると彼は涼しげに笑っていた。僕に暴力を奮うときは大抵皺を寄せて苦しそうなのに。
殺したいほど呆れてしまったんですね。もう気を失ってしまいたい。好きな人に手を掛けられる現実から目を背けたい。


急に彼の手の力が抜け、僕は地にへたりこんだ。ゲホッゲホッと咳をして酸素を得る。
彼は手裏剣の刺さった右腕を抑えている。少なくない血が流れ、目の前で雫が落ちた。


「利吉さん!」
「やつは山田利吉じゃないよ」


声がした方向に顔をあげると手裏剣を持った彼がいた。しかし僕の傍にいるのも山田利吉だ。


「そこから離れて」
「でも!利吉さんだったら!」
「本当にそこにいるのは私?」


目の前にいる苦しんでいる彼。
さっきまで微笑みながら首を絞めてきた彼。
抱き締めてくれる彼。
少し血の匂いがした彼。

血の匂い。

「……違う……だって利吉さんはプロのエリート忍者だから」



匂いなんかしない。


本物の彼は嬉しそうに口角を上げた。

「じゃあ目を瞑ってて」


ばきぼきと鈍い音がする。苦しそうな男の声がする。助けてを求める声が聞こえる。ぽきりぱきりと枝が折れる音が聞こえる。耳を塞ぎたくなるほどの叫び声が聞こえる。許してくれと泣き声が聞こえる。ごぎりと太いものが折れる音がする。



そして何も聞こえなくなった。




目を開けてもいいだろうか。

「まだ駄目だ。君はこんなもの見てはいけない」

覆い被さるように抱き締められる。体温が伝わる。

匂いはなかった。





彼は僕の部屋を漁り、押し入れの奥から手紙を取り出した。いつの間に入れたんだろう。預かってくれてありがとうと爽やかに笑み。置いていったの間違いだと思う。頭をぽんぽん叩かれる。無臭という彼の香りがした。

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