Nin

□素直が一番
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正攻法は無理なので




僕は小松田秀作という一つ上の事務員が好きで好きで好きで好きで仕方ないのだが成就の種は芽すらでない。会うたびにお仕事を手伝ったり、食事をご一緒させてもらったりしているのだけれど、鈍すぎるのか水すら浸透していなかった。好きと言っても友情もしくは年下を可愛がるような好きを返される。付き合って下さいと言えば何処に行くのと勘違いされる。これはやはり不運の星の下に生まれたからか。彼を好きになったのも不運の一つなのか。いいや違う、彼に出会えたことは幸運だ。ただ少し想いが届かないだけなのだ。これから人生に花を咲かせる。寝ずに作った惚れ薬。偶然図書室で書を見つけた。『意地悪な彼が急に愛を囁いてくれました!』なんて宣伝文句付き。これを小松田さんに飲ませれば僕に恋をしてくれるのだ。ズルではない。これは自分の能力を生かした結果だ。
たまたま、ではなく意図的に食堂で小松田さんと二人きりになる。お茶の入った二つの湯呑み。彼のほうは薬入り。注いでくれてありがとうと無垢な笑み。こちらこそ飲んでくれてありがとうと礼がいいたい。彼の手が湯呑みを包む。そしてそのまま彼の後ろから伸びてきた手が湯呑みを取り上げた。利吉さん!出門票、くれる?顔も良ければ頭もいい、引っ張りだこのエリート忍者山田利吉。憎い憎い憎い敵。小松田さんのことをよくからかって遊んでいる。やあ、善法寺君。にっこり笑いながらお茶を飲んだ。よりにもよって薬入り。あっ、それぼくのお茶ですよう。知ってる。今度はいたずらっぽい笑み。なんて酷い人。薬が効いてしまうのは何時だろう。僕を好きになる利吉さん……失礼だが気持ち悪い。利吉さんはぼくのことが嫌いなんですか!彼のぷっくり膨らんだ可愛い頬をつつきたい。利吉さんは相変わらず笑っている。好きだよ。へ?え?聞き間違いだろうか。『すき』という単語が聞こえた。隙、鋤、梳き……まさか女に子の好きではないはず……。利吉さん、働きすぎておかしくなっちゃったんですか?失礼だな、君は。だって普段はイライラして怒ってるじゃないですかあ。あれは照れ隠しだ!おかしい、利吉さんおかしい。そしてこの状況。完全に二人の世界になっている。のけ者の僕に壊す手段はない。利吉さんは甘いイケメンオーラを放っているし、小松田さんはそんな彼に頬を染めている。今晩、泊まってもいいかい?今日は客間が空いてないので、ぼくの部屋でも構いませんか?勿論いいよ。ああ駄目だ、彼は狼なのに。か弱い羊の事務員は食べられてしまう!想いは届かず、羊は狼に部屋を案内しにいく。おいてけぼりの僕。
どうしてこうなったのか。原因は惚れ薬だ。留三郎に使ったときは効き目が大体半日だった。しかし個人差というものもある。中和剤を作らなくては。急いで部屋に戻った。書をぱらぱら捲り探す。ない、ない、ない。忍が盛り損ねるなんて有り得ないと思っているのか!今頃二人は桃色な背景で過ごしているのだろう…………いや駄目だ、止めてみせる。保健室へ走る。格好悪いし情けないけれども僕の知恵では限界だった。僕にしては運がいいことに先生がちゃんと(学園長抜きで)いた。新野先生!正直に書を見せる。この薬を利吉さんが間違えて飲んでしまったんです!嘘はついてない。ああ、学園から出さないほうがいいかもしれないね。中和剤が載ってないんです!必要ないからね。へ?新野先生はにこにこ笑っている。僕には重大ことだと思うのに。だってこれ、軽い自白剤だから。え、自白剤?『意地悪な彼が急に愛を囁いてくれました!』。まさか意地悪な彼は素直になれなかっただけ?利吉さんはもともと小松田さんのことが好きだったこと?そんなあああああ!!!!僕は利吉さんにきっかけを与えてしまった!馬鹿だ!不運だ!新野先生に止められるまで、僕は大声で己を責めていた。






人魂がでそうになるほど落ち込みながら部屋に戻る。お帰り伊作!ただいま留さぶろ……。はっ!待て、僕が惚れ薬と勘違いしたのは留三郎が「好きだ」なんて言ったからだ!しかしあれは自白剤。つまり…………いや、考えたくない。伊作、今夜は一緒の布団に……。うわあああああああああ!!!!!!

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