Nin

□百合の利こま
1ページ/1ページ

利吉さんと小松田さんが女体化しています!






 黒のブレザーと赤のタータンチェックのスカート、胸元を飾る赤いリボンの大川学園通常クラスの女子制服を着た生徒が蔓延する帰り道、彼女と通常クラスの女子制服を着た僕は手を繋いで歩いていた。
 大川学園とは地区最大規模の学園である。様々な学生が集まり、寮まで整備されている。僕のような底辺偏差値でも通える学校だけれども、それは人気がないからというわけではなく、面接で決めているかららしい。基準はよく分からないけれど。まあ、つまり、底辺から天辺の偏差値の学生がいるということだ。
 優秀な生徒は校舎も制服も異なる特別扱いの特進クラスに所属している。同じ授業を受けてもクラゲ頭の僕には理解できないからね。優秀な生徒は学園でも有名人で、学生新聞にも取り上げられることも多い。ファンクラブあって、イベントがある日には大騒動である。
 そんな大騒動の中心になることが多い彼女、山田利子さんが僕と友人だなんて本当に奇跡に近いと思う。さらさらストレートの黒髪が風に靡き、白磁の肌にはシミ一つなく、涼やかな目元に同じ女性でも胸がときめく、らしい。運動神経も素晴らしく、学業も先生を唸らせるほど。つまり彼女は才色兼備な女性だった。

「何を考えているんだい小松田くん」
「利吉さんは才色兼備で憧れちゃうなあと考えていました!」
「君が才色兼備なんていう言葉を正しく使えていることに驚いたよ」

 くすくす笑う姿に誰もが振り向いた。それはそうだ。特進クラスだけに許された黒のセーラー服を着こなしている美少女が微笑んでいるのだから。利吉さんのスマイルプロマイドが高く販売されているのを僕は見たことがある。
 僕が『利吉さん』と呼んでいるのは訳があった。別に大した理由じゃなくて、彼女がそう呼べと言ったからそうなった。あだ名みたいなものだ。あだ名呼びをすると距離が近くなったようで嬉しい。実際は通常クラスでも底辺と特進クラスの天辺という大きな差があるけれど。
 でもお互いの手はぴったりと固く絡ませている。今一番利吉さんに近いのはこの僕だ。ぎゅううと握ると白く美しい手が握り返してくれた。
 もう少し歩くと、僕の家に着いた。今日は利吉さんが家に来てくれる日だった。だから前日まで丹念に掃除しておいたのだ。君にしては綺麗にしているねと褒められて、頑張った甲斐があったと思う。
 二階の自室に招き入れたあと、僕はタンスから適当に夕焼け色のセーターと深緑のスカートを取りだした。彼女に背を向けて制服を脱いでいく。同性だから気にしなくてもいいのだけれど、大きく膨らんだ胸を見せるのは恥ずかしくて隠したくなる。胸の栄養がちょっとでも頭にいってくれたらよかったのに。着替え終わって振り向くと彼女とばっちり目があった。口角は上がっているのに瞳はぎらぎらと輝いている。直視できなくて目を逸らしてしまった。

「確か、相談したいことがあるのだろう?」
「ラブレターを貰ったんです」

 机に入っていた一通の手紙。想いのたけを綴った文章に恋文だとすぐに気付いた。丁寧に書かれた文字の一つ一つに胸の高鳴りを隠すことはできず、今も大切にファイルの中に挟んである。

「利吉さんはよくラブレターを貰っていたから、どう対応していたか聞きたかったんです」
「全て破り捨てた」

 表情を変えず、なんてこともないように利吉さんは言った。彼女は他人にどこか残酷なところがあった。外ではにこにこと微笑んでいるけれど、それは心からの笑みではなく、距離を置くための壁を作っていた。本当の彼女は皮肉屋で苛めっ子だ。よく僕のことをからかっている。

「好きでもない奴から貰って何が嬉しい。受け取る側にすればいい迷惑だ」
「でも、読んだらその人のことが好きになるかもしれません」
「君は、」

 感情の入っていない声が部屋に響いた。

「君は甘い言葉を囁かられれば簡単に人を好きになるのか」
「それは、分かりません。好きな男の子なんていなかったし」

 男の子よりもずっと輝いている彼女が僕の傍にいたからか、他は霞んでよく見えなかった。クラスメイトはあのクラスのあの人がかっこいいとかサッカー部のキャプテンがゴッドハンドとか盛り上がっていたけれど、彼女と比べてしまうと特別には感じない。
 その彼女の煌めきを凌駕するほどの威力がこの恋文にはあった。会ってしまったら冷めてしまうかもしれないけれど、それでも彼女を超えたことに興味があった。
 もしかしたら彼女よりも好きになってしまうかもしれない。彼女よりも傍にいたくなってしまうかもしれない。でもそれでいいのだ。いつまでも彼女とともにいるとは限らないのだから。

「もしも私がラブレターを君に送ったら、私のことを好きになるのか」
「何を言っているんですか。僕はもともと利吉さんが好きですよ」
「そうじゃない」

 彼女の目が僕を射抜く。ふわふわしたものが唇に触れた。ああキスしているんだ。誰と。利吉さんと。

「……りきちさん?」

 彼女の腕の中に包まれて、もう一度キスされる。そんなことしなくても逃げないのに。だってとてもここちよい。

「君の手を繋ぐのも、キスをするのもずっと私だけでいいんだ」

 底辺偏差値の僕にはその言葉の真の意味を理解することができない。ただ、このままでいたいという想いが分かるだけだった。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ