Nin

□誰にも触れさせるものか
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事務員だって教職員慰安旅行に行けるのです。



荷物は何を持って行こうかな。ハンカチとティッシュは当然として、お菓子とか扇子とかも必要かもしれない。今回の旅行の行き先は土井先生と山田先生が決めてくれた。マイタケ湖で美女とフォークダンス。フォークダンスといえば以前、親睦を深めるとして水軍たちと踊った。あまり慣れていないのか足を踏まれること多し。あれは痛かった。誰一人踏まれぬ人はいなかった気がする。ううん一人いた。松千代先生だけは踏まれなかった(だって先生は隠れて参加しなかったから)。僕が思うにダンスはマイムマイムが良かったんじゃないだろうか。ほら、これなら足を踏まれる心配もないし。

マイタケ湖は太陽の光を反射してキラキラ光っていた。綺麗。詩人ならばもっと美しい言葉を並べると思うけれど僕には単純な言葉しか思い浮かばない。利吉さんならどう表現するだろう、彼に見てもらいたかった。……いない彼を考えても仕方ない。今日は旅行。楽しい日なのだから。
ミスマイタケが育った場所だけあって女性は皆美しかった。そんな人達とフォークダンスを踊る。彼女達だったら足を踏まれてもいいな。ああでもその前に僕が足を踏まないようにしないと。僕と組んだ水軍の足は真っ赤になってしまったから。彼女達の真っ白な足に足跡は似合わない。練習してきたけれど大丈夫かな、大丈夫だよね。そう信じてパートナーを選ぶ。一人の女性が僕の手をとった。一緒に踊りませんか。凛とした声、笑顔。背景に花が咲いているような幻覚にくらくらする。頷く以外に何ができただろうか、いや何もできない。手を引っ張られ踊り始める。女性の力とはこんなに強いものなのか。少し驚いて彼女の手を見る。華奢だと思っていたが握られた手は大きく、骨張っている。足の大きさも僕より大きい。彼女には失礼だけれど、利吉さんに似ている気がした。ひんやりとしている手も利吉さんと同じ。ふふふと笑みを零すとどうしたのですかと問われた。素直に答えると彼女は目を大きく開く。もしかしたら私は彼かもしれませんよ。まさか、彼は今日も仕事でしょう。彼女の唇が近づく。そのまさかだよ小松田君。低い彼の声がした。

どうしてここにいるのですか、仕事は大丈夫なのですか。敷物の上でお弁当(おばちゃん手作り家庭の味)を食べながら尋ねる。旅行に行くと風の噂で聞いたものだから。女装のまま彼は答えた。



利吉さんも旅行に参加したかったんですねと言ったら頬をつねられた。どうしてだろう。

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