Nin

□悶々
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もやもやとする心。これはいったい何だろうか。



何か悩み事でもあるんですか。いいや何もないですよ。悩み事とは話すとすっきりするがこの内容は恥ずかしい。目の前には土井先生がいる。彼はまだ若いから私の悩みなんて分からないだろう。そんなことないでしょう、もしかして小松田さんのことですか。飲んでいたお茶を噴いてしまった。なんでこの男は的確につくのだ。図星ですね、それで小松田さんの何が悩みなんですか。彼女は利吉と結婚するだろう。子供もできましたしね…………利吉君をとられて寂しいんですか?違う!ですよね、母親じゃあるまいし。小松田さんの名字が山田になるだろう、だから…………どう呼んでいいのか分からない。あー確かにみんな小松田さんって呼んでましたからね利吉君も含め。山田さんは変だし、秀ちゃんは軽すぎる。そんなに悩んでも仕方ありませんよ、気分転換に町でも行きましょう。そうしましょうかねぇ。私服に着替える準備をした。
町は大賑わい、光の世界。こちらの世界とは仕切られている。羨ましいとは思っていない、私にはこの仕事がむいている。簪屋の角を曲がったところに美味しいうどん屋があるんですよ、しんべヱが教えてくれました。しんべヱが美味いというなら間違いないな。おやあそこにいるのは小松田さん。なんで簪屋にいるんだ。16の女の子ですからね、おしゃれもしたいでしょう。手にしてるのは若向きじゃないぞ、あたしが選んでこようかしら。伝子さんにならないで下さい!本気の顔をされると微妙に傷つくのだが。彼女はまだうーんうーんと悩んでいる。手にしている紅の紫陽花の簪と紺の紫陽花の簪。どちらも年配向けだ。この子のセンスは大丈夫だろうか、扇子屋の娘なのに(駄洒落ではない)。気分転換に来たのに悩んでは仕方ないですよ。ああすまない土井先生。小松田さんが気付いてないうちに早く行きましょう。頷いて視線を外した。
うどんを食べても悩みは解決しない。悩みすぎて熟睡など出来なかった。は組の成績でさえこんなに思い詰めたことはなかったのに。もやもやとする心。これは一体なんだ。部屋の襖が急に開く。父上、利吉です。どうした利吉、俺はまだ帰れないぞ。その用ではないです、今日は父の日でしょう。ああそういえば。父上に感謝の気持ちを込めて贈ります。新品の硯か。もう古くなっているでしょう。よくわかったな、ありがとう。いえいえ。久しぶりに頭を撫でると少し照れくさそうにしていた。何年ぶりにしただろう。山田先生、と彼女がとことこと包みを持って歩いてきた。秀、お腹の子は大丈夫かい。大丈夫ですよ利吉さん、毎日新野先生に診てもらってますから。今日はどうしたんだ、学園長が呼んでいるのか。いえ、あの、これを渡しに来たんです。小さな包みを渡される。彼女は少し照れながら微笑んだ。今日は父の日ですから、お父さん。お父さん!?ほぇ、駄目でしたか?いや駄目じゃない…………そうか私の娘になるものな。よかったお父さん。『お父さん』。目が潤んできた。秀子さんありがとう。すっと名前が出てくる。何だ考え過ぎだったのだ、もやもやが吹き飛ぶ。秀子さんは私の娘。思わず抱きしめると利吉に殴られた。



包みの中身は紅色の紫陽花の簪だった。伝子さんに似合うと思ったんです。確かにこの色は欲しかった。もちろん嬉しかったけれども腑に落ちない。父の日に女装道具…………か。

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