Nin

□ずっと傍に
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目の前で彼は倒れてしまった。



急いで運んだ先は保健室。布団で寝ている彼は苦しげな表情だった。腹と腕に大きな傷。戦場か忍か、原因は分からない。彼はただいまと言って倒れたから。僕に医療の心得はない。できるのは彼の汗を拭いて見守ることだけ。事務の仕事は全て休みにしてもらった。目を開けて初めに映るのが僕であるように、ずっとずっと傍にいたい。僕におかえりなさいと言わせて下さい利吉さん。彼の頬にぽたりと雫を落としてしまった。

目を開けると彼の顔があった。何をそんなに驚いているんだい。彼の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。ずっと眠ってて起きなかったらどうしようってっ。ただいま。微笑むと彼も泣きながら笑顔になった。おかえりなさい利吉さん。ああ私はこの言葉を聞くために帰ってきたのだ。抱き締めたかったけれども腕は折れている。涙を拭いてあげることさえできない。落ち込んでいると彼が腕を伸ばしてきた。良かった良かった良かった。手のひらが頬を包みこむ。彼はそんなに積極的だっただろうか。届かない手が届いた気がした。

目が覚めたとしても彼の腕はまだ動かない。どんな世話も僕にさせてもらった(勿論治療は新野先生がした。こればかりは専門の人に頼むしかない)。消化にいい食事を口まで運んであげ、毎朝毎晩体を拭いてあげる。彼が元気になるまでの時間制限がある独占。彼の目には何時もと言っていいほど僕が映っている。早く元気なって下さい、けれどまだ治らないで下さい、ずっとここにいて下さい。矛盾だとわかっている。叶わないと知っている。時間が経てば傷は癒える。そうなればもう僕は必要ない。彼の腕が動くようになり僕は本来の仕事に戻った。本当は傍にいたいけれど、治ってしまえば口実はないから。小松田君どこ行くの。事務の仕事で伊作くんとトイレットペーパーの補充をするんです。利吉さんの表情は俯いて見えない。ずっと怪我をしていればいいのに。そっと呟いた。

腕が治ってくると彼は離れていった。事務の仕事があるのはわかっている。だが彼が私以外のことを気にするのが気に食わない。伊作と作業をするだって?私が動けないのをいいことに。行かないでくれ、私の傍を離れるな。手を伸ばすけれども叶わない。完全に回復して出門票に名前を書いた。お気をつけて、いってらっしゃい。にこにこと言う彼が憎い。どうしたら傍にいてくれるだろう。どうしたらその両眼に私だけが映るのだろう。彼が呟いたようにこの怪我が治らなければよかった。そうすれば彼は私の隣にいたのに。…………治るのならばまたすればいいのだ。

彼はまた大怪我を負って学園に帰ってきた。治っても治っても血を出して帰ってくる。そして彼は何時も満足した顔。どうして笑っているのか尋ねても答えは言わない。返事といえばただ一つ。君だって望んだだろう。



彼が傷つくのは悲しい。彼が傍にいるのは嬉しい。どうしようもない心にポロポロと涙が零れた。



怪我をすれば彼は私の隣にいる。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと傍に。

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