Nin

□秋と茄子と食欲
1ページ/1ページ


八百屋を見て思い出す。彼女は確実に忘れているだろう。食事に出る前に行かなければ。もう彼女一人の体ではないのだから。



教室の窓から木々の葉が赤や黄に染まるのを見ると秋を感じる。金吾はスポーツの秋。休み時間だというのに戸部先生と稽古をしている。虎若も筋トレ中。二人は戦忍に向いているだろう。能力面では素質があると思う。窓から目を外すと乱太郎が筆を握っていた。後ろからこっそり覗く。描かれた絵は窓から見える綺麗な紅葉。乱太郎は上手だなあ。ありがとうございます土井先生、芸術の秋ですから。やっぱりこの子は観察力がある。今度しぶ鬼と山へ絵を描きに行くんですよ、と乱太郎が微笑んだ。

食堂ではしんべヱがご飯をお腹いっぱい食べていた。秋と言ったら食欲の秋ですよね!スポーツの秋を忘れないでくれ……。予想はついていたけれど、これほどまでとは。また太って実技の授業に支障がでてしまう。言ったって無理だろうなあ。溜息。今日の夕食はご飯、味噌汁、焼きナス、かぼちゃの甘煮、そして兵庫水軍からの魚。土井先生、ご一緒してもいいですか?ああ小松田さん、どうぞ。ありがとうございます、と小松田さんは隣に腰を下ろす。妊娠が発覚したときよりずっと大きなお腹。もう忍び装束ではなく着物を着ていた。そのほうがお腹が苦しくならないらしい。最近外では見ないけど、どんな仕事しているの?ずっと事務室で書類です、吉野先生が無理に動いてはいけないと。じゃあ入出門票も?ヘムヘムが代わりにやっています、まともにできる数少ない仕事だったのに。吉野先生はいい判断をしたよ。何故なら入出門票を書いてもらうために山でも谷でもどこまでも追いかけてくるのだから。加えて刺客でも恐れなく近づいてしまう。危険極まりない。しんべヱがこちらをじっと見つめているのに気付いた。お腹が空いてないんだったらぼくが食べましょうか。涎がだらり。まだ食べるのか!大丈夫ですよー、スポーツの秋ですから!運動を忘れていないのは良かったけれど、実行するかはまた別。秋のマラソン大会を考えなければならない。いただきます、と手を合わせて礼。右手に箸を左手に茶碗を。二人同時に箸を茄子に伸ばす。秀!入り口には息を荒くしている山田利吉君18歳。素早く小松田さんに近寄り、箸を奪った。何を食べてるんだ!おかえりなさい利吉さん、まだ食べてません。ただいま秀、……間に合って良かった。利吉君は奪った箸で小松田さんの茄子を全て食べてしまった。何するんですか!君こそ何で食べようとしたんだ!だって夕食に出たから。土井先生もどうして止めないんです!どうしてって、何で止める必要があるんだ。秀はもう私の妻なんですよ!利吉さん……!小松田さんが『妻』という単語に感動している。だが残念ながらそれだけでは答えにたどり着けない。妻だから、どうして。利吉君は何も分かってないというように息を吐いた。秋茄子は嫁に食わすなと言うでしょう。……君はそれを伝えるために学園に来たのかい?はい勿論です。過保護というか何というか。取り敢えず、愛妻家というのは間違いない。妻のほうはぷくりと頬を膨らませる。茄子ぐらい食べても平気です!秋茄子は種が無いんだよ。それで子が出来ないのは迷信でしょう?茄子は身体を冷やしてしまう、風邪をひいたらどうするんだ。利吉君は小松田さんの両肩を掴む。もっと身体を大事にしてくれ!妻は一時放心したあと、ふわりと微笑んだ。はい。満足しただろうか利吉君は食堂のおばちゃんのもとに行った。お願いします、秀の食事には茄子を入れないで下さい。利吉君は絶対浮気を許さないタイプだと思ったことは心の中にしまっておく。



落ち着いたところで夕食を食べようと机を見たらおかずがない。全てしんべヱのお腹の中。満足そうな顔。マラソン大会確定。スポーツの秋を忘れるな。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ