Nin

□観楓
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秋になったら一緒に紅葉を見よう。



小松田君は立派に忍者になっているだろうか。父が私に尋ねたとき、叫びたくなる衝動を必死に抑えた。この人は何も知らない。彼がどうなったかなんて何も知らない。元気にやっているでしょうと私は嘘をつく。いつもの笑顔を張り付ければみんな騙されるのだ。何故嘯くのか?自分でも分からない。ただ私以外の人間は彼が笑って過ごしていると信じて疑わない。きっとその世界の彼は元気で、少し失敗をして落ち込み、けれどすぐに立ち直って忍者をやっているのだろう。現実の彼とは大違い。仕事で鉢合わせしたら大変だな、と冗談を父は言う。私は任務を遂行するだけですよ。しかし私は殺せなかった。止めようとして出来なかった。悪い冗談は止めて下さい。もう、起こってしまったのだから。

山の銀杏や紅葉はもう色付いていた。しゃくしゃく鳴る落ち葉の音が煩わしい。粉々になる葉。元の一枚にはなれない。家に着くと彼が待っていた。おかえりなさい山田さん。ただいま、何か思い出した?彼は首を振る。記憶について聞くのは日課。毎日毎日彼は首を振る。そして安心するのだ、ああよかった彼は何も知らない。私以外の人間を誰も知らない。ねえ紅葉を見ない?手を差し出すけれど、はいという言葉だけで握りはしない。記憶を失ってから彼は私に近づこうとしなかった。私から寄っても彼は震えるばかり。理由は分からないと言う。私にも分からない。空虚感。反対に外の紅葉は美しい。どこを見ても赤が見える。どうせ落ちる葉なのにどうして綺麗に色付くのだろう。後ろからどさりとしゃがみこむ音。見れば彼が恐ろしいものを見たように目を見開いてる。赤真っ赤赤い山真っ赤真っ赤真っ赤な雨真っ赤真っ赤真っ赤な手真っ赤真っ赤真っ赤ああああアアァっ。小松田君!?手を伸ばしたが払われた。涙を流しながら叫んでいる。無理やり抱きしめて、頭を自分の胸に押しあてた。落ち着いて、もう目を開けても大丈夫だよ。優しく背中を擦ってやれば次第に叫ぶ声はおとなしくなり、息も整ってきた。…………りきちさんごめんなさい。そう言って彼は気を失う。横抱きにして家に戻った。

布団で寝ている彼の表情は苦しそうに歪んでいる。あの時のことを夢に見ているのかもしれない。彼はあの時から変わってしまった。明るい笑顔に影を落とし、いつも何かに怯えている。赤いものを見ると急に発狂し始め、最後は私に謝って終わるのだ。時折、思い出しているのではないかと思うことがある。しかし何も分からないと言うのだ。本当なのか嘘なのか、答えはでない。ただ、おかしくなってしまったことは事実だ。私が学園の者たちに真実を伝えないのは、以前の歪み無い日々を忘れないためかもしれない。せめて、記憶だけでも残しておきたい。私もおかしくなってしまった。そうでなければどうして彼を解放しないのであろうか。



紅葉を見る約束は守られない。忘れてしまったの?独り言。代わりに銀杏を持って帰るよ。愛する彼に口付ける。彼は知らないだろうけれど。

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