Nin

□銃口向けて終了
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彼にこの世界は似合わない。



ちょっと高価なジーンズに見栄を張ったシャツ。スーツを着れば様になるだろうが私のような若造には目立ってしまうだろう。しかも平日の11時であるから、仕事もせずに何扇子屋に行っているのかと悪評がたつ。実際は仕事関係なのにだ。暖簾を潜ると温かみのある照明に照らされた扇子が四方に飾られていた。いらっしゃいませと笑みを浮かべて来店を喜んでくれる少年。店長はどこか尋ねると所用で出かけてしまったらしい。今日もお母上に贈り物ですか。当たり前じゃないか。本当は嘘。扇子なんて興味無い。どちらかというと彼に有るのだが口が裂けても言えなかった。彼の名前は小松田秀作、この扇子屋の店長の弟である。客をいつも笑顔で迎え、多少(いや、いつもと言ったほうが正しいかもしれない)ドジをするが憎めない性格の子だ。12時、店に新たな人が戻ってくる。あれ利吉さんもういらっしゃったのですか!?この驚いた顔をしている男が彼の兄であり店主の小松田優作。確か1時の約束では……?少し早めに着きすぎたようでして。ぐぐぐぐ、と腹の虫の声が聞こえた。優作は申し訳なさそうに後頭部を掻く。先に昼食をとったほうが良さそうですね。いえいえ、長く待たせてしまったのですから仕事を先にします。優作は裏に引っ込んですぐに扇子とそれを入れる袋がセットになった商品を持ってきた。商品の入った箱は扇子を入れるには少し厚すぎるが、店主曰く、豪華に見せるためらしい。箱は扇子のわりに重いがそれでいい。これでよろしいでしょうか。ああ、ありがとう。扇子模様の紙袋に入れられる箱、と私の名が書かれた封筒。あなたに依頼があるそうですよ、どうしてインターネットを使わないのでしょう。裏で何を言いたいのか分かっている。『店に来ないでほしい』。ハッカーにやられたら終わりですから。私は気付かないふりをしているが、相手はそれに気付いているだろう。口にしないのは終わるから、失うから。そう、何もかも。

箱の中には扇子と扇子の袋と真っ白な発泡スチロールの箱。白い箱を割ると黒光りする凶器が現れた。拳銃、私の仕事道具。階段を登り、廊下を曲がり、ドアを開き、壁に背を預けた男に銃口を向けた。止めてくれ許してくれ死にたくない死にたくないシニタクナイ。いい大人が泣き喚くなんて情けない、ああ、いい大人じゃないね、悪い大人だ。頭に狙いを定め、引き金に力をいれる。パンッという音で沈黙が始まった。手は汚れていない。髪も乱れていない。壁は赤く色づいている。人に死を与えるとはなんと簡単なことか。今回の報酬額はいくらだったかな。母上に扇子を買ってあげよう。今度は本当に。

お勧めの扇子を教えてくれないか。彼は嬉しそうに頷いた。利吉さんのお母上は幸せですね、こんなに尽くしてもらえるなんて。全然会えないからせめてね。会えるうちに会ったほうがいいですよ、失ってからじゃ遅いから。彼は両親を失っていた。事故として処理されている。真相は違うけれども、彼はそれを知らない。そういえば利吉さんはお仕事していますか。してないと買えないよね。あっ、そうでした、良かったー解雇されてなくて。解雇って。だってフリーだと仰っていたでしょう、派遣社員じゃないのですか。全然違うよ、私の仕事はね……。本当のことを言ったらどう反応するだろう。嫌うだろうか、顔を歪めるだろうか。じっと強い悪意で睨まれているのを感じる。彼の過保護な兄の目。私の仕事は所謂何でも屋だよ。君はまだ生温い世界にいて。



いつまでこの仕事を続けるのですか。優作は笑って答える。あなたが来なくなったときが縁の切れ目です。『だからさっさと消えてくれ』。拳銃を向けてもこの男は同じことを言うだろう 。殺し屋に悪態をつくなんていい度胸だ。愛しい彼は何も知らずに笑う。知らないままでよかった。

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