Nin

□対人スマッシュ
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殺人スマッシュではないから大丈夫。



飛び交うシャトル。風を切るラケット。左手をかざしながらスマッシュを打つ山田利吉の姿はそれはそれは格好良かった。この姿を見てバドミントン部に入部した生徒は少なくない。ラケットを持たず、ジャージを着てシャトル拾いをしている小松田秀作もその一人だった。爽やかでイケメンで頭脳明晰運動抜群の山田利吉に憧れたのだった。しかし憧れだけでできるなら苦労はしない。秀作は入部しようとしたのだけれど、運動神経が少しおかしいようなので、マネージャーにしか慣れなかったのである。シャトルを拾い終わった後は山田利吉に飲み物を渡す。彼はごくごくと喉を動かし、 礼を言って返すのだった。イケメンエースの利吉と駄目マネージャー秀作の交流はこれだけ。秀作はこれだけでも満足していた。年齢、才覚、容姿など全てにおいて劣っている自分にはこれで十分。身分不相応弁えろ。さてさて、駄目駄目駄目と寧ろ駄目という言葉に失礼な小松田は全ての人間に嫌われているわけではない。一つ下の善法寺伊作は保健委員独特の暖かい態度で小松田に接している。バドミントンを彼に丁寧に優しく手取り足取り教えてあげている姿を何人もの部員が見ていた(部活動は中高共通であった。体格の関係で小学生は別である。男子バレー部七松小平太のアタックを受けたら一溜まりもないだろう)。ポケットから出す絆創膏や包帯、消毒液はどのくらいあるのだろうか。全く入ってないように見えるけれども無限に出てくる医療品、まるで例の青い狸ロボットのポケットのようだ、と学園の七不思議になりかけていることを本人は知らない。とにかく、伊作は小松田に気があるらしい、というか絶対ある。これだけアピールしているから小松田も気付いているし、両思いだろうと思われているが世の中甘くはない。伊作が愛を語ろうとするとすぐに天からシャトルがまるで隕石のように落ちてくるのである。不運な伊作くん、不運=伊作、可哀相な伊作、酷い言われようだが実際そうなので仕方ない。このような日常が崩れたのはいつだったろうか、エース利吉が格好よく(背景に輝きが見える)スマッシュを決めた瞬間、他コートにいた伊作は小松田に「付き合って下さい」と頬を赤くしたのである。象の耳より地獄耳を持つ利吉は違う意味で顔を真っ赤にした。ああしかし残念シャトルは相手コートだ!小松田はにこにこと首をかしげて「どこに」と尋ねた。鈍感の考えは分からないが、利吉は一安心である。そこで伊作は気付く、今までの妨害は利吉であり彼は自分のライバルであるということを。そして利吉は気付く、今まで身体が勝手に伊作の邪魔をしていたがそれは自分が小松田を好いているという証であるということを。何も知らないのは中心人物だけである。それから利吉は小松田と更に会話するようになった。他愛無いお喋りはお互いに親密度を上げる効果がある。塵も積もれば山となる。そこに伊作が入ってくる。風吹けば塵は飛ぶ。このような三角関係に一番苦しんでいるのは顧問の土井半助であった。もうすぐ大会なのに争いばかりで他の部員は彼らに仰視。胸ではなく胃を痛めたのだった。

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