Nin

□忘却が消失だというのなら
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これで私だけのもの。


弟が行方不明になったと知らされたのは二年前だ。出門票が崖下に落ちていたのを山田先生が見つけ、それを遺品として渡された。小松田秀作の死。遺体は崖下の川に流されて無い。先生方は申し訳ないと涙を流してくれた。弟は皆さんに愛されていたのだ。

それから月に二回、店に山田利吉がやってきた。毎回高い扇子を買ってくれるお得意様だけれど、決して好きにはなれなかった。弟と結ばれていた彼。憎くて仕方ない。

「女遊びが激しいそうですね」
「……どこでそんなことを?」
「噂です。秀作を忘れたいのならここに来なければ良いのに」

こんな悪口を言っても彼は苦笑して退かない。どうして弟はこんな男が好きだったのか。

「忘れようとしました。しかし彼に似た人を選んでしまうのです。おかしいでしょう?」
「私を身代わりにされても困りますよ、いないのですから」
「確かに死んでしまいました。でも私が彼を覚えていれば彼の存在は消えないと思うのです」
「いいえ、既に消えています。今日はお帰りください」

忘却が無ならば、あなたはもう消えている。

寝室で布団に入っている弟はお兄ちゃんと呼んだ。私は微笑みながら弟の頭をなでる。
弟は生きていた。忍術学園より先に見つけ、連絡せずに家に置いた。弟は足を骨折。打ち所が悪かったのか、記憶も真っ白だった。どなたですかと言われたときは涙が溢れた。忍術学園に行かさなければ良かった。忍者にはなれないと言ってやればよかった。そうすれば危険な目に遭うことも、不愉快な男に奪われることもなかったのに。
弟の記憶には私しかいない。一切外出を許さず、会話も忍術学園の話題は避けてきた。山田利吉の単語を出すなどもっての他だ。私の可愛い弟の足はもう使い物にならない。彼をこの世に繋ぐものは私だけだ。思わず笑みが零れた。



己が覚えていれば、彼は生きていると言う。ああ、さっさと忘れてしまえばいいのに。弟の中であなたは生きていませんよ。

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