Nin

□豆まき
1ページ/1ページ


心に潜む何かが騒ついた。



仕事が終わり、彼に会いたくなって学園の門の前。扉を叩こうとしたけれど、どうしたことだろう手が震える。躊躇する理由などないのに何を恐れているのか。 何かが私を拒んでいる。今までこのようなことはなかったのに。逆らって扉に近づくが妙な気怠さがある。早く行かなければ、土産の団子が固くなってしまう。自分に言い聞かせて声をあげようとする。しかし酷い風邪にかかったような喉の激痛が私の意志を止めた。もういったいどうなっているんだ!腹立たしいことこの上ない。誰かがでてくるのを待っていようか。ああでも待ちぼうけだと思われるのは屈辱的だ。悶々と悩んでいると、小さな門が音をたてて開いた。

「あ、やっぱり利吉さんだ!入門票にサインをお願いします」

胸に事務と書かれた制服姿の彼。不思議なことに、先ほど迄の気怠さはなくなっていた。出された入門票にさらさらと名前を書いて、土産の団子を彼に渡した。予想通り彼はにこにこ笑顔で喜ぶ。買ってきた甲斐があったものだ。

「そうだ利吉さん、昨日は恵方巻食べましたか?」
「恵方巻?」
「ほら、節分だったでしょう」

忘れてた。全く忘れてた。昨日も仕事だったんだと言い訳すると、彼は食堂で作ってもらいましょうと手を引っ張った。恵方巻を一番に食べ終わると、その人が今年の福男になるという噂。しかしただの噂、もう過ぎているし。だからわざわざ作ってもらわなくてもいいよと言うのに大丈夫と返される。

「職員の中で僕が一番だったんです!だから一緒に食べると幸運がついてきますよ!」
「何が『だから』分からないけど……。一番だったんだねおめでとう。何か良いことあった?」

はい早速!と元気な返事。ちょっと頬を染めて嬉しそうに笑った。

「利吉さんに会えました!」


やっぱり『だから』なんて意味が分からない。食べる前に幸せになったじゃないか。



恵方巻に加えて豆も貰ってしまった。鬼は外、福は内。まさかと思いながら豆を19粒食べた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ