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□1.焦がれる2.追いかける3.諦める4.懐かしむ
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02.追いかける



サインを忘れたぐらいなんだ、と思うのだけれど事務員にとっては重要らしい。現に目を光らせて全力疾走中。こんなに速く走れるなら普段からそうすればいいのに。ここだけ見れば優秀な忍者だと勘違いしてもらえる。雇われたところですぐ解雇になると思うけど。流石に遠くまで連れて行くのは可哀想なので立ち止まる。気を付けろ、事務員は急に止まれない。背中に衝撃。

「サインお願いします!」

はあはあと息を荒くして、出門票を差し出す。確かに私のためだけれども裏に規則の文字があるかぎり仕事から離れることはないのだ。これがもし恋文だったなら。私は表情を変えずに受け取れるだろうか。誤字脱字を大目に見るくらいになっているかもしれない。都合良く解釈してしまうかもしれない。

「利吉さん?」
「あ、ああ、すまない」

丁寧に名前を書く。吉まで書いて、元気に礼を言われた。くるりと背を向けて歩く彼。もっと速く走らなければ仕事が終わらないのではないかと疑問。ただ、去っていく姿を見ると何となく心に穴が開いたように感じる。名残惜しい?そんな。まさか。




彼が見えなくなった方向に走りだす。きっと疲れているからお茶でも奢ってあげよう。決して寂しいからじゃない。





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