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□深夜の浴室、溺れる、噂
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曰く付きの物件に行って真相を調べてきてくれ!という依頼。引き受けたのはいいけれど、これはもしや私が被害に会えということだろうか。死と隣合わせじゃないか。その分報酬も高いから美味しいんだけどね。
さてさて、怪異の正体には数パターンある。
一、実は誰かが住んでいる
二、本当に幽霊がいる
三、気のせい
選択肢一が一番有難い。私も弱くはないし、一般人に見える犯人のほうが証明が楽だ。
二と三が一番面倒くさい。二だったらお祓いする場合もあるし、呪われるかもしれない。カメラに映ってくれればいいのだけれど、上手くいくとも思えない。
三は何もないことを証明しなきゃいけないから困る。家じゃなくて本人が呪われてますよオチの可能性有。

鍵とカメラをいざ現地へ。聞き込みもばっちりだ。
酔っ払っていないのに浴室で溺れるという噂。酔っ払っていると認識していない酔っ払いではないのか?しかし入居者全員が被害にあっているのでこの仮説では腑に落ちない。

取り敢えず門の外からシャッターを押す。夜の古い木造建築はいかにもな雰囲気。表札の名は擦れて読めない。


敷地内に足を一歩。


入門票にサインをお願いします!

突如現れたそれ。
栗毛をポニーテールにして黒の頭巾を被っている。同色の和服というより所謂忍者服の胸に事務と書かれたワッペン。邪気のない笑みとともに、入門票と墨の付いた筆を差し出された。

「……何それ」

サインお願いします!

背中の向こうに入り口が透けて見える。膝から下は色が薄くなり、地に足がついていない、いや、足がついていなかった。
マジックでもなんでもない、典型的な幽霊……?思わずカメラのシャッターを押す。

わあ!それなんですか?

無視無視。彼を回避して玄関の扉を開ける。

サ・イ・ン、お願いします!!!!

肩に氷が触れたような寒気がする。冷たいそれは彼の手だった。どうやら逃げられないようだ。

「サインだけでいいの?」

はい!

山田利吉と書く。私以外の名前は見当たらなかった。
そういえば、被害者はみな引っ越しをしても寒気がしたという。もしかしなくとも彼が追いかけたのだろう。諦めた理由は予想できないが。

それではご案内します!

家の灯りが一斉に付き、冷房が入る音がする。あれ、ここ電気通っていたっけ。幽霊の力恐ろし。
居間はなかなか綺麗だった。埃が溜まっていると思って箒を持ってきたけれど、出番はなさそうだ。

引っ越しにしては荷物が少ないですね。

「私は新しい住人じゃないよ。ただの調査」

なんの調査ですか?

「怪異だよ。いきなり電気が付いたり、寒気がしたり、風呂で溺れたり。全部君がやったんだろう」

彼は何かを思い出そうと腕を組んで考え込んだ。先程の歓迎を忘れたのか。それとも電気の概念がないのか。彼の服装を見ればおそらく戦国時代あたりに死んだのだろう。灯りは蝋燭と考えるのも無理はない。彼は首を振った。

僕、お風呂に手は出していません。熱くしすぎて吉野先生に怒られたんです。これは任せられないって。

「じゃあ、君以外に誰かいるのか?」

はい。

これは大変だ。幽霊は何かの拍子に凶暴化する。一人でも追い払うのに苦労するのだ。それが複数になると終わったも同じ。彼は今のところ友好的に見えるけれど、いつ化けの皮が剥がれるか分からない。今のうちに成仏させたほうがいいのだが……情報をペラペラ流すのだからまだ時ではないと言い訳。

とりあえず現場調査ということで室内を案内させた。どこかに遺体とか曰く付きの品物とかあればいいんだけれど見つからない。幽霊は深い想いから成ったもの。それを何とかすれば成仏だ。
悩みのなさそうな彼の想いは何だろう。想いを忘れていたら厄介だった。

最後にお風呂場です!

至って普通の浴室だ。鏡に己が映っている。溺れるような深さの湯船でもない。場所だけでも再現するために扉を閉めて密室にした。
急に蛇口から勢い良く水が流れだした。締めようと捻るけれども空回り。すぐに水は溜まり、腰まできていた。いや、このスピードはおかしい!
ドアを引くが水圧で動かない。ドアを叩いて彼を呼ぼうとした。しかし彼の名前を知らない。聞いておけばよかった。聞いておくべきなのだ、いずれ成仏させるのだから。
水が口に入る。確かに『浴室』で溺れていた。

利吉さん!

ドアが開き、水が流れ出た。げほげほと水を吐き出す。これは心霊現象以外考えられない。

どうして邪魔するんですか小松田さん!

10歳前後のTシャツ半ズボンつり目少年が現れた。犯人はこいつだ。

利吉さんを殺しちゃダメ!

別に殺そうとしてません。溺れさせようとしただけです。そうしたらまた出ていくでしょう!

「どうしてこんなことをするんだい」

子供相手用の笑顔で話し掛ける。少年は見えることに驚いたのか、一瞬目を大きく開いた。

心霊現象が起これば土地が安くなるでしょう?そうしたらまた先生が住むかもしれない。

「でもその先生はお化け屋敷だからって近寄らないかもしれない」

……来るまで待つから大丈夫です!生きてるのだから先生は来ます!

強い想いの原因はこれだ。しかも先生はまだ生きているという。先生を連れてくれば解決だ。

「先生と君の名前は」

土井半助先生、おれの名前はきり丸です。

「分かった。調べてきてあげよう」

本当すかっ!?

「土井先生と連絡がとれたら君のことを伝えるよ」

でも逃げないですよね?

じろりと睨まれる。子供が顔を歪めるのは怖いものだ。
逃げるつもりはないが、信用されないのも仕方ない。一体どうすればよいものか。

僕がついて行きます。それだったら問題ないでしょ。

納得したのか、それだったら、と頷いた。彼は少年に信頼されているらしい。

それじゃあ利吉さん、よろしくお願いします。

「名前なんと言うの?」

確か、小松田秀作です!




差し出された手をうっかり握ってしまった。表情に似合わず冷たい挨拶だった。





深夜の浴室、溺れる、噂




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