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□深夜のロフト、離れる、犬
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ロフトから鳴き声が聞こえますの。本当に本当に恐ろしくてわたくし夜も眠れません。動物が住んでしまったのかと思って業者を頼んだのですが何もいないと帰ってしまうのです。信じてはいないですけれどもしかしたら幽霊なのかしら。妖怪なのかしら。わたくし怖くて怖くて食事が喉を通りません。だからお願い退治してちょうだい。

お前それ嘘だろ。の言葉を飲み込む。商売というのは愛想とスルースキルが必要だ。例え相手がデ……控えめに言って豊満で健康的な体つきの女だとしてもだ。無理な厚化粧が気持ち悪い。

わわっ、妖怪!?

心の代弁ありがとう。残念ながら人間だ。



深夜2:00、屋根裏部屋。大量のクローゼットとタンス。椅子の上の子犬の剥製。透明なケースにはやや埃被っている。

ロフトってどこですか。

「ここだよ、屋根裏部屋」

首をかしげる彼。恐らく室町時代に生まれた彼は横文字に少し弱かった。『サイン』だけは何故か別みたいだけど。
静かな屋敷。噂の鳴き声は聞こえない。
あの依頼人の妄想だったのだろうか。ああ、面倒くさい。何もいない証拠を探すのは苦労する。依頼人の病気だったら手っ取り早いが、病院に行かせるまでが大変だ。
突然電気が消えた。停電でもしたのか。それとも彼の仕業だろうか。最近、節電節電電気を大切にねと煩いから。
しかし、今は仕事中だ。迷惑以外のなんでもない。

「小松田君、電気つけて」

えー、僕じゃないですよう。

もちもちした頬をぷくーと膨らませる。子供っぽい。こいついくつだ。私よりも長く世の中を見ているのに。

わんわん!

犬?侵入者でも現われたのだろうか。門を潜るとき、何頭ものドーベルマンに吠えられたことを覚えている。
しかし、聞こえたのは複数ではなく単体だ。あの犬たちがサボるとは思えない。

わおん!

室内を走り回る剥製そっくりの子犬。私たちに向かってくる。ああ、そうか。真っ暗だから見えるはずがないのだ。幽霊以外は。
除霊の札を取り出す。そのまま犬の額に貼った。

きゃん!

恨めしそうな目。苦しんでいるのにきゃんきゃん吠える。私には何にも伝わらない。

利吉さん、これじゃあ可哀想です!

「私たちを襲おうとしたのだから仕方ないだろ」

利吉さんは犬さんの話を聞いても何も思わないんですか!

「犬語なんて分かるか!」

ぽかん、と口を開ける彼。同じものだったらテレパシーでも使えるのか? 

嘘……僕の職場は全員、一緒に働いている犬の言葉が分かりましたよ。

「なに、バウリンガルでも付けてたの? いや、いい、訳してくれ」

どうしてボクの心臓を抉ったの、どうしてボクの内臓を取り出したの、ガラスの目じゃ何も見えない、綿が詰まってなにも食べれない、寒い寒い寒い、赤い血はどこに行ったの、走りたい、外に出たい、あんなやつ、喉を噛み切ってやる。

穏やかな彼の口から聞くと奇妙で、おかしくて、どこか恐ろしい。感情を込めてないから、そう感じるのかもしれない。
両腕を押さえて、何かを堪えるような仕草をする。

「どうしたの」

悪意に、飲まれそうで、怖いんです。憎い……憎い……外に……外へ……。外に行きたいって言ってます。もしかしたら一番の未練は窓の外だったのかもしれません。

眉を寄せて、息を荒くしている。これが限界だろう。

「これ以上刺激するとまずい、降りよう」

……はぁ……は……はい。

喋ることすらも辛そうだった。仕方ない。
背中と膝裏に手をいれ抱き上げる。相変わらず血も凍りそうなほど冷たい体。
死んでいるのに苦しむなんて酷い世だ。



剥製を手放せば怪奇現象は収まると依頼人に話すと、真っ青になって頷いた。やっぱり……とか、大丈夫かしら……とか呟いていたので、後ろめたいことがあるのだろう。深くは突き止めない。面倒事に巻き込まれてしまったら身体が保たないからだ。
陽の下の適度に整えられた庭に子犬の剥製を置く。ドーベルマンが気性を荒くして吠える。ああ、煩い。あの子犬のほうがマシだ。
ケースをそっと開ける。幽霊よ出てこい。今しか解放されるチャンスはないんだぞ。

「わおん!!」

骨も筋肉もない剥製が動きだした。庭を走り回り、蝶を追いかけ、花壇に突っ込んで荒らし、こちらに向かう。
何となく、笑ったような気がした。
剥製が動きを止める。身体からでた黒い靄が離れていった。

「成仏したのか?」

ありがとう、と言ってました。

霊が消えた方向を見ながら微笑む彼。
彼も本当は行きたいのだろうか。それを確認することは何故か躊躇われた。


深夜のロフト、離れる、犬


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