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□朝の密室、くすぐる、猫
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にゃあ、にゃあ、にゃあ

獣の声がうるさい。安眠を遮る動物。私は昔から少しの物音で警戒してしまう性質だった。睡眠中も耳と神経は稼働し、目を開けよと脳が命令する。だから防音されているマンションに住んでいるのに、これじゃあ意味がないじゃないか。
ベッドから身体を起こす。まだまだ聞こえる猫の鳴き声。

あ、おはようございます利吉さん

はなまるを連想するほどにっこり笑う彼。傍らにアメリカンショートヘアーの銀色猫。
窓もドアも鍵をしっかり閉めていたはずだけれど。疑問はすぐに解決した。彼が猫を仰向けにしてくすぐっていたからだ。

「幽霊に密室なんて関係ないか……」

さようならプライバシー。気を紛らわすようにテレビをつけた。
登校中の小学生の列にトラック突っ込む、〇〇市。画面には近所の道路が映っている。重症二人、軽症三人、死者はゼロ。命があってよかったと喜ぶべきだ。
受け入れる時間もなく死んだ生き物は上に行かずに彷徨うことが多々ある。心臓が止まっていることに気付かない霊も勿論いた。特に子供は無邪気で純粋。だからこそ除霊は難しい。

「いつまで戯れているつもり」

だって、ふわふわで可愛いんですよー

お腹を撫で、顎を撫で、満足そうな彼と猫。
私も手を伸ばそうとして、やめた。漂う冷気が違いを見せ付ける。生者と死者の壁。
こちら側のほうが明らかに勝ち組のような気がするのに、疎外を感じる。

「外に出よう。いつまでもこのままにしてはいけないだろう?」

……そうですね。寂しいけれど、この子のためですもんね

違う。本当は自分自身のためだ。しかし決して言わない。これも自分自身のために。

子猫がにゃあ、と鳴いた。



目的地はコンビニ。朝食を作るのが面倒になったからだった。
コンビニに近くの十字路にパトカーが止まっている。そして血の跡。
そういえば、事故が起きたとニュースでやっていた。テレビの中は他人事のように思ってしまうから、あまり気にしていなかった。
電柱の下に猫が血塗れになって横たわっている。ぴくりとも動かない。


死亡者はゼロ。死亡『者』はゼロ。



にゃあぁ

彼に抱えられている猫が赤い血を零している。さっきまで綺麗な銀色だったのに。
気付いてしまったのだ。自分の行く先を、居場所を、現実を。

次はもっと長生きできますように

彼がぎゅっと猫を抱き締める。腕の中で光の粒子が溢れ、そして何もなくなった。
死体だけを残し、けれど魂は血痕すら残さない。
それはきっと、彼も例外ではなくて。



電柱に菊の花を置いた。確かにここで死んだものがいると知ってもらうために。
ぽろぽろと涙を零す隣。見たところ傷もなく、綺麗な身体。
彼も気付いていないのか。忘れてしまったのか。
問い掛ける言葉は、でてこなかった。




朝の密室、くすぐる、猫




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