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□深夜の玄関、プロポーズをする、線
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「トリックオアトリート!」
日が落ちて、突然彼が手を広げて差し出す。邪気の無い笑顔は子供のようだ。
じゅうがつさんじゅういちにち。カレンダーに小さくハロウィンと書かれている。
ハロウィンは外国の行事じゃなかっただろうか。彼方の世界も時は動くのか。柔軟性のあることだ。
「君、お菓子食べれないでしょ」
「利吉さん、よーく見てください」
よく見る。悩みのなさそうな顔。暖かかったっと思われる手の平。地上にしっかりと足をつけている。……地上に?
身体の向こう側が見えることもない。もしや実体化しているのだろうか。思わず頬を触った。冷たい。
「体温は戻らなかったみたいです」
「他の人にも君が見えているの?」
「はい!」
「それじゃあ、外食しようか」
パーカーとジーンズ(裾が余ったので少し折った)を着せれば、現代人の出来上がり。適当にブーツを履かせて、ドアを開けた。
何が食べたいか聞いたところ、洋食を食べてみたいと返答。洋食っていっても沢山あるのだけれど。彼は少し悩むような仕草をして、ハンバーグ、と目をきらきらさせて言う。今朝のお料理コーナーはハンバーグだった。
電灯が光り、大画面の液晶モニターが上映情報流す。隅に電気を大切にと地球を守っているマーク。
そんなに地球を守りたければ、その画面を消せばよい。原因が問題解決を求めるなんて皮肉なことだ。
コツコツと靴音が鳴る。彼は嬉しそうに笑った。
「地面はこんなに硬くなったんですね」
「どこもコンクリートで整えられてる。ここじゃあ土のほうが珍しい」
「そうなんですか?時代は変わりましたね」
こうやって、地に足を付けたのは何年ぶりなのだろう。何百年かもしれない。
手を握る。やはり冷たい。けれど、以前のようなドライアイスの拒絶はなかった。
ぎゅっと力を込めると相手も握り返す。それがとても嬉しい。
「ファミレスでいいよね」
「はい!」
ハロウィン装飾の店内。2名席を取って座る。
メニュー表2冊と水の入ったコップが2つ。彼が見えているという証拠だ。
彼はハンバーグのページを見て、うーんうーんと悩んでいる。茸の乗った和風ハンバーグかトロトロチーズの入ったハンバーグか。どちらも売れ筋と書いてあり、甲乙付けがたいのだろう。
「両方頼む?」
「そんな、食べきれません」
「じゃあ私は和風ハンバーグにするよ。君はチーズハンバーグにすればいい。味見させてあげる」
「それは名案です!」
左の掌の上に右の拳でぽんっと押す。古い表現だ。
注文が決まったので呼び出しボタンを押した。音が鳴って驚く彼。文明開化の音がしたのか。
ウェイターが手帳型の機械を持って来る。ご注文は、と彼を見てにっこり笑った。それがちょっと苛ついて、私は不機嫌にハンバーグを注文した。会話なんてさせるものか。
本来ならばウェイターが彼に声をかけるなどあり得なかった。住む世界が違う、存在すら違う。そして、私も。
見えないけれど明確な線引きがされている。今は消されているだけで、またすぐに線が書かれる。
線は二本。此岸の生者と彼岸の死者とその狭間、此岸の死者。彼は狭間の者。どうしたら同じ区域になるのだろう。答えはとても簡単で、ただ口にするには、認めてしまうから、躊躇いがあったのだった。
暫くして、注文したハンバーグがテーブルに置かれた。彼は目を輝かせながら、手を合わせる。
「いただきます」
迷わず箸を取り、ハンバーグを一口サイズにして口に運ぶ。咀嚼。飲み込む。
「美味しい!」
「それはよかった」
こうしていると、まるで彼が生きているように思ってしまう。ずっとこのままでいればいいのに。
「ただいまー」
「ただいま」
時刻は零時五分前。彼は玄関で靴を脱ぎ、振り向く。
「おかえりなさい、利吉さん」
にっこりと笑みを向けられる。心が温まる。
「左手、出して」
冷たい手を握る。私はポケットからシルバーの指輪を取出し、彼の薬指にはめた。不思議そうに首を傾げる彼。
「遊園地で落としたものは結局見つからなかったから」
そして私も自分の薬指に同じデザインの指輪をはめた。彼は嬉しそうに互いの指を見る。
「お揃いですね!」
やっぱり、意味はわかってないのか。世間一般ではプロポーズに近い行為なのだけれど、時代が異なる所為で察してもらえない。
「君がずっと傍にいればいいのに」
「利吉さん、」
指輪、大切にしますね
ハロウィンは終わった。
肯定は、してくれない。
深夜の玄関、プロポーズをする、線
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