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□夜の神社、愛される、星座
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夜、あれがでると曰く付きの神社に向かっていた。一般人にも見えるのだ、私の目にどのような光景が映るのか。いざとなればお祓いするけれど、囲まれると厄介である。じゃあどうしてそんなところに行くのかというと、依頼があったからである。忌々しいことだ。

最近、彼が苦しむようになった。
口を押さえてしゃがみこみ、眉を寄せる。数回咳をして、腕で拭っていた。
だから無理して付いていかなくてもいいと言ったのだけれど、言うことを聞かない。どうしてもその神社に行きたいと懇願している。私と供にという理由ではなく。
悔しくないと言ったら嘘になる。愛しているのは私だけで、執着しているのは私だけで、彼はなんとも思っていない。一方通行の想い。片想い。

古びた鳥居の前。奥には社殿が見える。今のところ異常なし。これはお化け屋敷の依頼と同じパターンだろうか。門を潜って幽霊登場とか。
鳥居を潜る。突然風が強く吹き、思わず目を瞑った。

目を開くとそこは別世界だった。

教科書で見たような古い構造の建物。建物自体はそこまで古くない。

「入門票にサインお願いします!」

突然、背後から現れた彼。気配なんて微塵も感じなかった。
初めて会ったときと同じように入門票と墨の付いた筆を渡される。名前を書いて、返した。

「小松田君、何しているの?」

「何って、お仕事ですよう。事務員ですからね! いつかは忍者になります!」

左薬指に指輪をはめていない。
そうか、彼は私と過ごした彼とは違う。幻覚だ。

「本物の彼はどこだ」

両肩を掴む。全く冷気を感じない。

「また鉢屋君が悪戯したんですか? 僕は鉢屋君じゃないです。ほら、皮も捲れないでしょう」

ぎゅうっと頬をつねって、ほらね、と彼が笑う。嘘を吐いているようには見えない。
きっと犯人は指輪のない彼ではない。彼は犯人に生み出された幻覚。この様子だと、何を聞いても無駄だろう。
早く指輪を持つ彼を見つけなくては。彼はどこかに迷っている。再会するまで出門不可能だった。

一年い組、一年ろ組とドアの上に札がかかっている。恐らくここは学校だ。そして生徒と教師の服装で察するに、ここは忍者の学校である。

「利吉さんこんにちは!」

「ああ、こんにちは」

井垣模様の青い忍び装束を着た、ぷっくり太った少年に微笑む。
ちなみに知らない子。けれど相手は私を知っている。
すれ違ったどの人間も私を名前で呼び、挨拶した。
どこで私を知ったのだろうか。入門票に名前を書いたとはいえ、顔の認識はしていないはずだ。
もしや、原因は私を知っている者だろうか。しかし私はこの世界を知らない。

校内を歩き回る。誰もが元気によく笑う。平和極まりない。廊下は賑やかだ。
原因は平穏を望んでいたのか。だったらどうして生きている人間に手を出した? 荒らされることは分かっていただろうに。

「もしかして利吉さんですか?」

声がした方向に振り向くと、紫の忍び装束を着ている金髪の青年が目を見開いて立っていた。
初めての疑問文。

「やっぱり! 髪型や服装が変わりましたね。僕のこと覚えてますか? タカ丸です」

こいつは他の幻覚とは違う。私の髪型や服装の異質さに気付いている。
しかし、やはり自称タカ丸も私を知っているらしい。こいつが原因か?
問い詰めようとしたとき、突然手裏剣が壁に突き刺さった。タカ丸は息を呑む。狙われているのは彼のようだ。
彼は私の腕を取り、走りだした。何故私を巻き込む。
後ろから迫り来る黒装束。多分、というか絶対、忍者だ。放たれた手裏剣の持ち主。

「僕、命を狙われているみたいで」

「既に死んでいるだろう」

タカ丸が困ったように笑った。



廊下を走り続けているけれど、刺客は全く撒くことができない。教室に入ってやり過ごそうと考えたのだが、何故かドアの向こうも廊下だった。意味が分からない。狐に化かされたようだ。
そして不思議なことに体力が尽きないのだ。息が切れることもない。


「この状況、僕が死んだときと一緒です」

「君の幻覚だからだろう」

「違います! 僕にはこんなことできません。でも、僕の未練になった出来事です」

未練、とは幽霊の存在理由だと私は考えている。だからこの事後は彼にとって重大なことだったのだろう。
こいつは原因ではない。しかし幻覚を生み出した者ではないにしても、結末は分かるはず。

「このあと、どうなる」

「僕が巻き込んだ所為で多くの人に愛された事務員が……死にます」

事務員と聞いて心臓がばくばくと鳴った。いやな予感がする。その予感は当たる。

「まだ事務員は僕と同じように留まっているようなんです。僕は彼に新しい人生を歩んでもらいたい。それが願いです。彼の名前は」

自然と足が止まった。刺客の動きも停止する。そして誰か追い掛けているような新しい靴音。
分かる。分かってしまう。知りたくなかった。しかし脳は正常に働き、答えを導き出してしまう。



「小松田秀作、だろう?」



入門票にサイン下さい! と大きな声が聞こえたと同時に彼の姿が見えた。
刺客は舌打ちをする。手裏剣を構えて、飛ばした。
手裏剣は彼の胸に突き刺さり、彼は入門票を持ったまましゃがみこんだ。
苦しそうに喉に手をあてる。眉根を寄せてゴホゴホと咳をし、血を吐いて、倒れた。

全てがスローモーションに見えた。それなのに全身が鉛のように重くなり、彼を助けるどころか寄り添うことも出来なかった。
これは幻覚。だって倒れた彼は指輪をはめていない。
刺客と倒れた彼は霧になって消えた。残ったのは私とタカ丸。

そして悲しげな顔をした彼が立っていた。指輪をはめている、本物の彼だった。

「小松田君」

名前を呼ぶと、ゆっくり私を見る。彼は涙をぽろぽろ落としながら微笑んだ。

「思い出したんです。僕が忍術学園の事務員であること、星座は魚座なこと、好きな人のこと、死因のこと、未練のこと」

この幻覚を作ったのは彼。幻覚は彼の記憶。
忘れたままでよかったのに。未練なんて気にせず、私といればよかった。それはきっと幸せだろう。

「小松田さん、もう終わらせよう。ずっと留まってはいけない」

タカ丸が真剣な目で訴える。私への牽制もあるかもしれない。
生者と死者の狭間の者。私は数えきれないほど彼らを成仏させてきた。それが彼らのためであり、私たちのためだと考えるから。
小松田君だけ例外にするのは都合のよすぎることだ。いつか彼も黒い霧に包まれてしまう可能性があるのに。

「利吉さん、」

風景が変わった。廊下から外へ、門の前に移る。この幻覚も門から始まった。

「利吉さん、もっと一緒にいたかったです」

「……だったら、私を殺してくれ。あの病院の七松のように殺してくれ。そうすれば一緒にいられるだろう!」

ずっと考えてきたことだった。死者は生き返らない。しかし生者は死ぬことができる。私は構わなかった。
彼と同じ立ち位置になれるなら、死なんて少しも恐れない。

「死んでは駄目です! 利吉さんは僕のような彷徨う魂を救って下さい。死者にも生者にもなれない者は孤独です。永遠の責め苦を味わいながら、留まることしかできない。僕は記憶を無くすくらい寂しかった。辛かった」

彼がまた涙を零す。私は思わず手を伸ばし、彼を抱き締める。胸に頭を押し付け、泣き止むようにと頭を撫でた。やはり身体は氷のように冷たいけれど、離したくなかった。

「利吉さんにお会いしてから、とても幸せでした」

「私も、幸せだった。これからも、君さえいれば!」

「それでは、駄目なんです」

彼が顔を上げた。唇に彼の柔らかい同じものが触れる。触れるだけの、冷たすぎて火傷しそうなキス。

「利吉さんが好きです。だからお別れします」

腕の中の彼がきらきらと輝き、粒子となっていく。抱き締めようとしても空を抱いてしまって捕らえることが出来なかった。
完全に消える一瞬、彼が笑った気がした。


幻が消える。学園はなくなり、古びた神社の中に私は立っていた。
彼の姿はどこにもなく、目の前には光の粒子となっていくタカ丸しかいない。

「ありがとうございました」

嬉しそうに笑って、お辞儀をされる。光とともに消えていった者たちはいつも満足そうだった。
そして悲しむのは人間だ。今だってそう、私は苦しめられている。

「……小松田君の未練はなんだったんだい?」

「片思い相手に、貴方に、想いを伝えられなかったことです。周りから見たら両想いだってバレバレなんですけどね」

それがタカ丸の最後の言葉だった。



周囲には誰もいない。生者も死者もそれ以外も。
私は彼が好きだった。愛していた。しかしこの想いを彼に伝えたことはあったか?いいやなかった。遠回しに言って彼が気付くことを期待していた。
後悔はいつも予測できない。突然の別れさえ、警告を鳴らさないのだ。
涙が溢れる。最後に泣いたのはいつだったろう。もう声を出してしまおうか。だって誰も見ていない。


揃いの指輪がきらりと光った。




夜の神社、愛される、星座




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