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□11.逃げる
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11.逃げる(女装アイドルパラレル)




「利吉さぁーん、まってぇー!」

全く馬鹿らしい企画である、と表情には出さずに全速力で遊園地を走る。
深夜の遊園地は貸切で中にいるのは数人のタレント、撮影スタッフとマネージャー。あちらこちらにカメラがあって油断ができない。

今回の企画は『ドキドキ☆イケメンと鬼ごっこ!』という、イケメンが逃げて、女性タレントが追いかける企画である。
最悪なことに捕まったイケメンは鬼にキスをしなければならない。鬼にとってはご褒美、私にとっては罰ゲームである。
アイドルもいれば芸人もいるしオネエ系もいるけれど、やっぱり可愛い子に捕まりたいというのがイケメングループの希望らしい。私はキス自体お断りだけれど。
役者の仕事なら仕方ないとしよう。だが、これはバラエティー。世間はこんなものを見て何が面白いのだ。
しかもこのような企画で勘違いして恋するような馬鹿がいるらしい。そうしたらお互いファンに叩かれるだろうが。悪いイメージは避けるべきだ。

というわけで私は走っている。
他のイケメンは可愛い芸能人と共に離脱、私に味方は一人もいない。時計の針だけが希望である。
私にとって不快な企画にも、ちゃんと時間切れという有り難いルールがあった。これを狙うしかない。
追いかけられ続けるから疲れるのだ。要は隠れて撒けばいい。
ストーカーに悩まされた時期に身についた隠密スキルを今日ここで発揮する!
脇道に逸れて、分かれ道。そして分かれ道。池の近くのアヒルさんボート(何故白鳥ではないのだろう)のそばに小屋があったので隠れる。とりあえず一息。

「利吉さーん、どーこでーすかー」

シュウの声がする。そっと見ると、どうやら湖の周辺にいるらしい。
彼も参加してたのか。確かにキャラクター的に合っている番組だろう。アイドル枠なのかオカマ枠なのかと疑問。
一人ライトに照らされて、劇の主役のように見えた。ドジばっかりしてるから舞台に不向きだと思うけれど。
彼は鬼ごっこにも拘らず動くのに不向きな、ふわふわのスカートを着ていた。しかも少しヒールのあるブーツを履いている。
キャライメージだかなんだか知らないが、もう少し場を考えたほうがいいのではないか。マネージャーは何をやっているのか。

「……ここどこだろう」

まさかの迷子。まあ、カメラがあるから遭難にはならないだろうが。
ぐるぐる歩き回って、とうとう私の近くまで来た。まずい、そろそろ逃げる準備でもするか。
彼が湖に近付いている隙にそっと腰を浮かせる。私が湖の中にいるわけないだろう。相当鈍いなあの子。
一歩一歩、彼は進む。そして突然バランスを崩した。

「わあっ!」

「なっ!」

あのまま行けば湖に落ちる。冬の水はかなり冷たい。風邪ではすまなくなるかもしれない。
そう思ったらすぐに身体が動いた。陰から飛び出し、さっと彼の腰を支える。男にしては細い身体。
後ろに身を引いて、腰を下ろした。地面が冷たい。それでも顔が熱いのは、腕の中に彼が納まっているからだろうか。

「あ、れ、利吉さん?」

「私、エラ呼吸とかできないんだけど」

「え? あ! そ、そうですよね。すみません。あの、ありがとうございます」

俯いて、私の胸元を少し掴む彼。
どうしよう、可愛い。男だってわかっているのに。
鈍臭いけど素直で、馬鹿だけど純粋。人気がでる理由がよく分かる。

「そういえば私は捕まったね」

「でもこれは事故だから無効にしてもらったほうが」

「いいや、君に捕まった」

なんだ、必死にならなくたって彼に捕まればよかったんだ。同性だから嫉妬も何もないし。

ピィィィッと笛の音が鳴った。
これで鬼ごっこは終了だ。



最後の撮影は鬼へのご褒美シーン、つまり、キスである。
イケメンたちは頬に額にキスをしていき、遂に私の番になった。
ちなみに現在地はライトアップされた観覧車の前だ。ドラマによくあるラブシーンに使われる場所。
彼と私が見つめ合う。自然と上目遣いになっていて可愛い。
顔をどんどん近付ける。彼の唇はふわふわして甘いマシュマロのようだった。
そっと離すと彼は真っ赤な顔をして魚みたいに口をパクパクと開閉させている。

「僕のファーストキス……!」

心の中でガッツポーズ。





その後、本放送をしっかり見て、どんな編集をされていたかチェックした。
この時は気が緩んでいた、あの時はトークが良くなかった、と反省するためだ。
とうとう例のキスシーンだ。観覧車をバックにお互いを見つめ合い、顔を近付ける。私の耳は真っ赤だった。

「これじゃあまるで」

恋をしているみたいじゃないか。





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