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□深夜の浴室、プロポーズをする、ゼリー
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(鉢→雷要素有り、雷蔵と小松田さんは出ません)


ただいま現在、わたしは噂のお化け屋敷の前にいる。屋敷っていうか古い民家と表現したほうが正しいか。
これは遊びじゃあない。れっきとした仕事だ。我がアルバイト先の所長、山田利吉さんから直々の命令。

『鉢屋君、この住所に行ってきて。後で私も行くから』

ま、利吉さんとわたししかいないからいつも直々なんだけどね。

時間指定は午前1時。いやあ、深夜のボロ家は迫力あるなあ。出そうっていうか。出るんだろうなあ。人生最後の夕食がコンビニで買った栄養補給ゼリーだったらどうしよう。
手に持っていたご飯代わりのゼリーを飲み干し、敷地内に足を踏み入れる。
無意識に目を瞑った。何の音もしない。いや、しかし油断した隙に目の前にいるという場合も! 変わったことはない。
弁解しておくが、わたしはビビっているわけではない。あくまでも警戒心だ。雷蔵を守る男が臆病者では駄目だろう?
ああ、わたしの可愛い雷蔵。大好きすぎて姿形までお揃いにしてしまった。

「まだ中に入ってないのか?」

「利吉さん!……と土井先生!」
「久しぶり」

イケメン所長山田利吉さんの隣にはわたしの母校の教師、土井半助先生が立っていた。
いつの間に来たのだろう。雷蔵のことを考えるといつも時間を忘れてしまう。

利吉さんはわたしの手から鍵を取り、さっさとドアを開けて入っていった。わたしと土井先生も急いで中に入る。
懐中電灯を点けると埃っぽいことがよく分かった。当たり前か。スイッチを押しても当然反応はしない。
先頭を歩く利吉さんは迷わずに歩いていた。目的地が分かっているみたいだ。

「この家のことを知っていますか?」

「いいや、だが懐かしい感じがする」

利吉さん問いに土井先生が答える。
知らないのに懐かしい。矛盾している感覚だ。
知っているからこそ懐古するのに、零の知識からその感情を思い起こすのは違和感があった。

「魂が覚えてるってやつですかねえ」

「……さあね」

利吉さんは素っ気ない。もう少し話にのってくれたっていいじゃないか。
こんな古い家で、しかも灯りは懐中電灯のみ。ホラーゲームによくある場面である。ギシギシと床が軋むBGMがまたそれっぽい。

利吉さんがドアを開けた。少し黴臭い。光を照らすと、湯船が見えた。どうやらここは浴室らしい。

小銭が落ちる音がした。こんなところで落としたら見つけるの大変なのに。
突然寒気がした。今日はダウンジャケットを着ているから、防寒対策ばっちりである。
だから、この気配はやっぱり。

小銭ぃぃぃ!

欲の心が入った子供の声。真っ暗なはずなのに、湯船の中に少年が見える。

「きり丸君、約束通り連れてきたよ」

土井先生!

子供の目が輝いた。勿論、銭の目ではない。純粋に喜んでいる表情。

そういえば、小松田さんは? 迷子ですか?

「あの子は六年前に、成仏したよ」

小松田さんとは誰だろう。わたしが知らない人。六年前はまだわたしと利吉さんが出会っていない。
成仏、ということはきっときり丸と同じ存在だったのだ。覚えてしまうくらい厄介だったのだろうか。

土井先生に目を向けると不可解な顔をして利吉さんを見ていた。まあ、そうだろうなあ。

「利吉君、一体誰に話し掛けているんだい?」

土井先生に能力はない。持っているほうが稀なのだ。そして持っていないほうが得だった。
きり丸も予想していたのか表情を曇らせることはなかった。泣くかと思っていたのに。
しっかーし! ここでわたくし鉢屋三郎の出番である。泣かせるわけではない。泣くとしたら多分嬉し涙。
土井先生の手を掴むと、視線が少年に向いた。幽霊……? なんて呟いている。

「土井先生、この少年、きり丸君を知っていますか?」

「……いいや、私の生徒にきり丸という子はいないよ」

「だから言ったろう、この土井半助は君の知っている土井半助ではないと」

それでもきり丸は泣かなかった。ただ、笑っていた。そんなことぐらい分かっていたというように。

今の土井先生に会えただけでいいんです。魂は同じだからいいんです。姿が見えただけでも運がいい

きり丸の体から光の粒子が溢れる。満足した笑み。もう悔いはないのかもしれない。
土井先生はきり丸の頭に手を伸ばし、撫でた。ぼろぼろと涙を零しながら、頬へ滑らせる。

「なんて、冷たい」

また土井先生に触ってもらえるなんて、嬉しいなあ。もうあり得ないと思っていたのに

きり丸も目が潤んでいた。光は全身を包む。

この家は土井先生のために残しました。でも、他に帰る場所があるんですよね。どうかまた会うときは、

腕で目を擦り、にっ、ときり丸が笑った。

もうちょっとお金持ちになりましょうね!

光は空気に溶けて消えた。




あれから土井先生はきり丸がいた家に住んでいるらしい。独身だったけれど、格安だったからと踏み切ったようだ。
そして事務所では利吉さんとわたしが思い思いの行動をしている。
わたしはウェディング雑誌を捲ってドレスを見るたびに雷蔵に似合いそうだなあと妄想していた。白いドレスに包まれた雷蔵……早く抱きしめたい!

「もう結婚するのかい?」

「ああ、できたらいいですね! 利吉さんはどうなんですか?」

顔が俯く。

「プロポーズをしたつもり、だったんだけどね」

利吉さんは懐かしそうに、淋しそうに、左薬指の指輪を眺めていた。



深夜の浴室、プロポーズをする、ゼリー



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