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□夕方のホテル、疑う、蜜
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スーツ姿の私はセーターにジーンズというカジュアルな格好の部下に怒っていた。それはもう、氷点下の笑みで。

「どうしてホテルに秀作君を連れてきたの?」

「寂しがって利吉さーん利吉さーんって呼んでたから、つい」

部下はホテルのよく磨かれた白い大理石の上で正座していた。秀作はというと、ロビーのソファーに座ってオレンジジュースを飲んでいる。
もう夕方、冬はすぐに日が沈んでしまう。これから一人帰すのも危険だ。
意外と彼は頭がいいのか。それとも鉢屋の機転か。
秀作にゆっくり近づく。にっこり笑って私の名前を呼ぶ姿に頬が緩みそうになるが我慢する。

「私が戻るまでここで待っているんだよ」

「利吉さんどこへいくの? ぼくもいっしょにいきます!」

花が咲くような笑顔はやめてくれ。歪ませるのが辛くなってしまう。
しかしここは鬼になって拒否しなくては。

「秀作、これは遊びじゃない。仕事なんだ。だから待っていてくれ」

頭を撫でる。ふわふわの髪が気持ちいい。彼は少し落ち込んで、わかりました、と頷いた。
店員に蜂蜜が沢山入ったジンジャーティーを注文する。いい子にはご褒美とテレビで放送していたからだった。



さて、問題の一室である。四階の二号室。縁起が悪そうだ。
鍵を使ってドアを開ける。白かった壁に白かったベッド、落ち着いた黄緑色だったカーペット。過去形なのはそれら全てが赤と青のペンキで汚れていたからだ。

「ベッドの中にいますね」

鉢屋が呟くとそれもモゾモゾと動きだす。来るか。
掛け布団が私たちに迫る。目くらましか。手で払うと背後に気配。しまった!
しかし背に衝撃はこない。気配が遠ざかっていく。

「逃げられたか!」

後を追うのは簡単だった。あちこちに赤と青のペンキが飛び散っている。
廊下から階段にいき、一階まで下がるとまた廊下に出ていた。
あの廊下の先はロビーだ。ロビーには一般人と秀作がいる。
厄介なところに逃げられた。人の目があると除霊に集中出来ない。それに彼を傷つけたりなんかしたら……地獄より酷い目にあわせてやる。
ロビーが見えてきた。赤いペンキと青いペンキ。がやがやと騒がしい人間。何かを投げている少年。

「おにはそとーふくはうちー!」

秀作がそれに向かって豆を蒔いている。ばらばらと落ちていく大豆。苦しみ藻掻くように動く赤と青。
そういえば今日は節分だった。だから準備よく豆があったのか。秀作は子供だから店員が渡したのだろう。
それらの身体中に穴が空き、とうとう消えてしまった。

「そういえば霊感があるんでしたねえ」

しかもかなり高い。前世での幽霊期間が長かったからだろうか。
秀作が私たちに気付いて駆け寄ってくる。私の腰に腕を回し、抱きついた。

「おにたいじしました!」

鬼だったのだろうか。角も金棒もなかったけれども。
しかし子供がそれを鬼と認識するならば、私もそうしよう。疑うのは困ってからだ。





彼と手を繋いでホテルに背を向ける。じんわりと温かい体温。これを感じたいから手袋は買い与えなかった。

「家についたら恵方巻きを食べようか」

「やったー!」

素直な姿に頬が緩む。今年の願い事は『彼がそばにいますように』で決まりだった。





夕方のホテル、疑う、蜜



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