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□大好きなストロベリーレクイエム
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近頃流行りの連続通り魔殺人鬼が近所にいると知ったのは利吉さんと夕食を取っているときだった。
テレビの中でアナウンサーが被害者の身元、死因を説明している。

「あ、 ぼくの高校と同じ制服だ」

紺のブレザー、チェックのズボン。指定された学生鞄。うん、ぼくと一緒。
名前はよく知らないけれど、顔は見たことがある。多分何処かで会った。忘れっぽいので詳細はよく思い出せない。

「最近は物騒だな。気をつけるんだよ」

「はい、利吉さん」

彼は意地悪もよくするけれど、優しい言葉も掛けてくれる。とてもかっこいいぼくの恋人。
食器を片付けようとすると、そっと手を乗せて止められた。前科者には手厳しい。
流しに運ばれていく空の皿。仕方ないのでテレビを見た。鈍器で頭をぼこぼこに殴られたことが死因であるとみられる。痛そうだ、想像したくもない。
彼が戻ってきた。ガラスの器に入った苺を持っている。紅く美味しそうな色。

「今夜のデザートだよ」

「わーい!」

春の苺は甘酸っぱい。好きな食べ物を彼は覚えていてくれる。
だから嬉しくて、苺を手に取り彼の口へ腕を伸ばした。柔らかな唇がゆっくりと食んでいく。ちょっぴり色っぽい。
指先が果汁で濡れる。彼の舌はそれすら勿体無いと思ったのか、ぺろりと舐めていく。

「ぼくの指は食べれませんよ」

「やってみなければ分からないだろう」

甘噛みされて素っ頓狂な声を出してしまった。




高校では朝の挨拶の後すぐに先生が通り魔の話をした。
一人で帰っては行けない。暗くなる前に帰ること。誰かが自分たちはもう高校生なのにと舌打ちしている。
利吉さんは大丈夫だろうか。大学生も早く帰してもらえるのだろうか。彼はとても強くてかっこいいけれど、やはり人間であるから死んでしまう可能性だってある。それは苦しい。
一緒に帰りましょうとメールしようか。でも待たせてしまったら申し訳ない。

「おい、授業始まるぞ」

「え、ああごめん」

パタリとでもしか君に携帯(まだスマートフォンにしていなかった)を閉じられる。周囲の生徒たちは既に教科書もノートもシャーペンも全て用意していた。大分時間が経っていたらしい。
でもしか君は時計を見ると席に戻っていった。ぼくも慌てて授業の準備をする。
今日も忘れ物をしていない。利吉さんと同棲してから、一緒に明日の支度をしてくれるようになった。小学生じゃあないんだからと呆れられながら。
腕時計もペンもペンケースについたキーホルダーも全て彼がくれたもの。時計はソーラー式で必ず光が当たるようにしていた。
あまり物を貰ってばかりでは申し訳ないと首を振ったことがある。そのときは君の全てを私で満したいのだと返された。意味が少し分からなかったけれど、怖い顔をしていたので重要なことだというのは理解できた。
やっぱりメールを送ろう。彼を失いたくない。一人より二人だ。

放課後、一人校門で待つ。利吉さんは授業があったそうで、それまでぼくは一時間くらいは教室で過ごしていた。
事件の所為で外に人は少ない。もし殺人事件が起こってもすぐには気付かないだろう。
あ、もしかしてぼく危ない?
嫌なことを想像してしまう。男子高校生、四肢切断され殺害。身体が震える。
肉塊なった小松田秀作を彼は好きでいてくれるかな。それとも小松田秀作だった肉塊と認識されてしまうのかな。
早く来て利吉さん。あとどのくらいで着きますかと電話してもいいかな。
鞄から携帯を取り出し、電話帳を開く。山田利吉のところで発信ボタンを押した。シンプルな着信音が近くで鳴る。

「やあ、待たせたね」

彼が片手を上げてやってきた。相変わらず爽やかな笑顔だ。
紺色の筒のようなケースを背負っている。確かあれは竹刀だ。今日は剣道があったのだろう。
そっと手を伸ばされる。握った手は少し冷たい。そのまま指を絡めた。

「変な人とかいませんでした? 怪我をしたりとかしませんでした?」

「不審者には会わなかったよ。君こそ、変なことはなかった?」

ずっと待っていたのに変わったことなんてあるはずがない。ゆっくり首を振る。
すると頭を撫でられて、微笑みを見せられた。
周りに人がいなくてよかった。きっとぼくの顔は赤いから。



今夜の夕食はカレーだった。辛味の少ない中口。サラダはマカロニサラダ。デザートは美味しい苺だ。
苺は大きくて甘い。種類について詳しくはないけれど、高い苺なのだと思った。
ふとテレビを見る。連続通り魔殺人事件の文字。まだ犯人が捕まってないらしい。酷い話だ。
被害者はまたも高校生。同じ制服。名前は、

「出茂鹿之助君……」

そんな。今朝一緒に過ごしたのに。喋ってお昼ご飯も一緒に食べた。下校のときには気を付けろと言われたのだ。まさかでもしか君が。

「苺、美味しくなかったかい?」

首を振る。涙がぼたぼたと手のひらに落ちた。拭っても拭っても溢れていく。
もうでもしか君と会えない。悲しい。辛い。

「友達が、殺されて……」

彼はリモコンを手に取り、テレビを消した。無音。それでも頭の中では『被害者出茂鹿之助』の言葉が響いている。
さみしい。身近な人が亡くなってしまった。明日は友人ではなく、花瓶が置かれているのだろう。
頬に手を添えられる。顔がぐっと近づけられたかと思うとそのまま口づけされた。

「私が傍にいるだろう?」

「利吉さん……」

優しい優しいぼくの恋人。彼はぼくの寂しさを埋めてくれる。
でもこの涙は友人のために流す。愛しい人を悼んで泣く日はずっとずっと先でいい。



でもしか君のいない教室は寂しかった。授業の準備を忘れていても咎める人はいない。
誰が置いたのだろうか、机の上に花瓶が乗っている。帰りに花を供えていこう。画面に映った被害現場は知っている場所だった。
花屋に向かう途中、同じ制服のよく見知っている人を見る。

「小松田さん、こんにちは」

「伊作君」

一つ下のお友達。ああそういえば、本日友達との会話は伊作君が初めてだ。周りが気を使ったのか、ぼくが落ち込んでいたからか、何が原因かは分からない。

「帰り道、ではないですよね。どこか寄り道ですか?」

花屋に行くと伝えると、一人では心配だからついて行くと言われた。通り魔が彷徨いているのに、危ないでしょうと皺を寄せられる。危機管理が大切だと言われていたのに忘れていた。
商店街にいつもの賑やかさはなかった。特に子供は何処にもいない。
目的地も勿論人は少なく、店員が一人だけ。黒髪の若い男の人で、恐らくアルバイトだろう。鮮やかに咲いてる花を独占しているように見える。ううん、逆かもしれない。花が彼を独占しているのかな。

「いらっしゃいませ」

にっこり接客スマイル。働くって大変だ。
死者に供える花が欲しいと注文する。店員はテキパキ動き、あっという間に花束を作った。テストが終わって今日は久しぶりの仕事だと言ったのに、見事な作品だ。
渡されると同時に手をぎゅっと握られる。これも接客マニュアルの一つだろうか。花屋さんの手の皮って本当に分厚いんだなあ。

「また、来てくださいね」

また、か。お花が枯れてしまう日はいつだろう。その日が花屋へ訪れる日だ。

伊作君はなんと家まで送ってくれた。ぼくのほうが年上なのに、後輩のほうがしっかりしている。
玄関にライトが付いていた。もう利吉さんが帰ってきている。今日はぼくがただいまと言う日だ。
頬を緩ませてドアを開けた。

「利吉さん、ただいま帰りましたー!」

「おかえり、秀作。遅かったね」

「すみません、花屋に行っていました」

彼は何か持っている。プッシュ式の容器に透明の液体。首を傾げると、アルコールだと教えてくれた。

「外は汚いから消毒しないとね」

掌にアルコールが塗られる。甲も指の股も隅々と。
今までそんなこと言ってなかったのに、どうしたのだろう。テレビで何かやっていたのだろうか。
彼とぼくの指が絡む。冷たい長い指。ぎゅうと力を込められた。怒っている? 心配している? 一言メールをしておけばよかった。

「これからは真っ直ぐ家に帰っておいで」

「お花を供えるのは?」

「駄目だ」

私がいるのだから寂しくないだろう。

そういう問題ではない気がするのに、何も言えなかった。目がとても怖い。少しでも否定してしまったら、何処かに閉じ込められそうだった。

「君が大切なんだ」

指が外されて腕にまわる。耳が胸に触れる身長差に、まだ靴を履いたままということを思い出した。

「利吉さん、靴がまだ……」

大切ってなんだろう。彼の言う大切は大事なオモチャを触らせたくない子どものように感じた。


次の日は居残りもせず、寄り道もせず、真っ直ぐ通学路を歩いた。
なんだかひどく寒い。肉体的な部分だけではなく、精神的な部分でも。
ブロック塀の向こうに梅が咲いている。もう少しすれば桜も咲くだろう。そうしたら利吉さんとお花見がしたい。公園にレジャーシートを敷いて一緒に桜餅を食べて、来年も見に行こうねと微笑み合うのだ。

「ねえ、そこの君」

男の低い声。向かいの塀に包帯を巻いた男が寄っ掛かって立っている。顔の中で唯一見える目がギラついている。
怖い。きっと目を合わせたら竦んで動けなくなってしまうだろう。
もしかして通り魔はこの人なのかもしれない。そう思わせてしまう雰囲気があった。

「もう伊作君に近づかないでくれる?」

「え、どうして?」

しまった、返事をしてしまった。無視はいけないとお兄ちゃんから躾けられた所為だ。口を手で抑えてももう遅い。男はにんやりと笑った。

「だあって伊作君が殺されてしまうもの」

ますます分からない。理解できたことはぼくに近付くと殺されるということ。でも、どうして。
再び聞こうと思い声をだそうとする。しかし大きなワゴン車が前を通り抜け、包帯の男はいなくなっていた。
今のは幻だったのだろうか。それとも化物の類だったのだろうか。どちらにしても、伊作君を近付けてはいけないと思った。

家には既に彼が帰宅していた。真っ直ぐ帰ってよかった。約束を破るつもりはなかったけれど、もし少しでも遅くなっていたら。昨日のあの目を思い出し、背筋が寒くなる。

「おかえりなさい」

「ただいま帰りました、利吉さん」

リビングは外と違って暖かい。エアコンが暖房モードになっている。
彼が冷蔵庫から苺を取り出し、ガラスの器に盛り付ける。セールで安かったらしい。
椅子に座って、一口。甘酸っぱくて美味しい。もう一口。
テレビではニュースが流れている。大きな文字で連続通り魔殺人事件。被害者は大学生の男の人。鈍器で殴られたあと、燃やされたらしい。あの顔は見たことがある。確かどこかで。

「今度は花屋の店員か。秀作、気を付けるんだよ」

そうお花屋さんの店員だった。昨日、この人からお花を買ったのだ。ああでも何か違和感を感じる。
三日前の被害者は何処か見たことのある人。二日前はでもしか君。今日は花屋のお兄さん。そして包帯男から伊作君に近付くなと言われた。
全てぼくに繋がっている? だったら次の被害者は利吉さん? あれ?


どうして利吉さんは大学生の被害者が花屋でアルバイトをしていたと知っているの?


「利吉さん、昨日は何をしていましたか。……もしかして利吉さんは、貴方は」

「秀作」

口を塞がれ続きが言えない。しかしその行動はぼくの考えを肯定することと同じだった。
頭がパニック状態になる。ぼくの目の前にいるのは殺人鬼。知人をぼこぼこにして苦しめた。きっとぼくも殺されてしまう。ボロボロ涙が零れる。

「君の隣には私だけがいればいいんだよ」

何を言っているの。全然分からない。理解したくない。
お腹にガッと衝撃。彼の姿が霞んでいった。



目を覚ます。ふかふかのベッドに横たわっている。辺りは暗い。電気を付けなくちゃ。立ち上がろうとして倒れた。足が動かない。お腹が痛い。ああそうだぼくは彼に殴られたのだ。どうにか脱出しないと。だって、だって彼は。

「おはよう秀作」

ドアから入る光。彼の持つ竹刀は血で汚れていた。



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