BASARA

□赤いリボンのついた麦わら帽子
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お館様と呼び始めたのはいつだったかはもう忘れてしまった。
ただ、小さい自分と比べてお館様の背中は広く大きいと感じた記憶がある。


夏休みは、お館様の家で過ごしている時間が多かった。
お館様の家にいると言ってもお館様とそこまで一緒に過ごしたりはしない。一緒に食事を取ったりするぐらいだ。
居心地がいい、それだけだった。

朝食は信玄と会話する数少ない時間の一つだった。
「幸村、カブトムシを捕まえたことはあるか?」
「いいえ、ありませんおやかたさま」
まだ小さい幸村は舌足らずな言葉で答えた。
「この近くの山には昆虫がいるんじゃ。
今日は一緒に虫取りでもしないか?」
「おやかたさまといっしょに!?」
幸村はきらきらと目を輝かせた。
大好きなお館様と遊ぶなんてことは滅多にない。信玄は忙しいのだ。
「さすけ、いこう!!」
「ご飯をちゃんと全部食べてからね」
幸村はお気に入りの茶碗を持って急いで箸を動かした。
「一気に呑み込まないの。ほら、よく噛んで」
「んんーっ!」
「言ってる傍から…」


「おやかたさま!よういができました!」
幸村は赤い半袖のTシャツにジーンズの半ズボンを着て、肩にプラスチックでできた黄緑の虫かごを掛けていた。
勿論手には伸縮自在の虫取り網を持っている。
「幸、日焼け止め塗らなくちゃ。虫除けスプレーもしないと」
「スプレーをしたらカブトムシがにげてしまうではないか!」
「蚊に刺されて痒くなっちゃってもいいの?」
「……それはいやだ」
左助は手のひらに日焼け止めを出し、少しこすった後、幸村の頬へ手を伸ばした。
「ちょっと目ぇ瞑っててね」
幸村は左助に従ってさっと目を閉じる。幸村の頬は柔らかかった。
顔に塗った後は両腕両足に丹念に塗った。
仕上げは虫除けスプレーだ。
「ぷはぁっ」
「息まで止めなくていいのに」
そんな馬鹿なところが可愛いのだけれど、と左助は密かに思った。
信玄は微笑ましくその様子を見てから「幸村、これをやろう」と言った。
これというのは麦わら帽子のことで、それには真っ赤なリボンがついていた。
幸村はぱぁっと笑顔になったがすぐに「あっ」と表情を変えた。
「それがしはあみもむしかごももらいました。
けれど、さすけはなにももらっていませぬ。
これはさすけにあげてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ」
「はい、さすけ」
左助はその麦わら帽子をかぶった。お世辞にも似合うとはいえない。
「これは幸村のほうが似合うよ。だから幸村がかぶって」
左助は幸村の頭に麦わら帽子をのせた。とてもよく似合っていた。
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