Other

□しばり髪
1ページ/1ページ


ルークをドレッサーの前に座らせ、髪を手にとる。毛先からそっと櫛を通すとさらさらになる赤毛は上等の糸のようだった。
これはガイの楽しみの一つだ。いつも我が儘ばかりの主人はおとなしくガイに任せている。なんという優越感。満たされる独占欲。
バンエルティア号にはロングヘアー保持者が沢山いる。女性だけでなく男性もいて、特にユーリの黒髪は評判が良かった。
それでもルークには適わない。王族と下町の違いもあるだろうし、手入れをしているか否かが決めてだろう。
ルークが髪を一房掴む。白く細い指で梳かす姿は扇状的で、絵画に残したらそれはそれは良い絵になるはずだけれど、自分だけのものにしたかったから提案はしない。

「髪、切ろうかなあ」

一瞬、心臓が止まった気がした。平静を装って何故と問う。冷や汗が額に浮かんだけれど、ルークは気付かない。

「手入れが面倒だろ」

「そんなことないさ」

「お前が良くても、オレは良くねーんだよ。ガイがいない日はどうするんだ」

お互い剣士だったから、一緒にクエストに行くことは少なかった。前衛と中衛と後衛。バランスよく組もうとしているのは分かる。でもルークを守れるのはガイだけだ。俺だけが、俺だけの、俺のための。

「なあ、切らないでくれよ。俺の楽しみなんだ」

「長髪ならどこにでもいるだろ」

「ルークが、いいんだ」

「ばっ」

かだなぁ!
求められることに慣れない彼は顔を赤くして、下を向いてしまう。期待されるのはアッシュ、求められるのはアッシュ、褒め称えられるのはアッシュ。第一継承者はルークなのに。形だけのものに縋らなければルークの自尊心は崩れてしまう。だから己を必要としてもらうことを喜ぶ。憎まれ口は照れ隠しだ。

「しょーがねえなあ。ガイのために残しといてやるよ」

邪気のない太陽のような笑み。アッシュとは全然違う。子供みたいな、優しさ。

トントン、とノックの音。扉が開き、爽やかオーラを漂わせながらクレスが入ってくる。

「剣の修行をするんだけれど、ルークもどうだい? ロイドもいるよ」

『ロイド』とクレスが言った瞬間、ルークが満面の笑みを浮かべる。ルークはロイドのことが好きだ。性質は違うが、ヴァンと同じくらい好きだろう。少なくとも使用人より大事にしている。腹黒いところがなく、ルーク自身を見てくれるロイドに懐くのは当然だった。
ルークは愛用の剣を持って、はしゃぎながら廊下にでる。ガイは笑顔を作って見送る。
しかしルークは振り返って、ガイの腕を掴む。

「何やってんだ。お前も来い!」

クレスが微笑みながら頷く。この妙に大人びた剣士はどこまで知っているんだろう。単に修行仲間を増やしたいだけなのか。
けれどルークから自分に触れてきたことが嬉しいガイは、しょうがないなあ、と笑いながら付いていった。



「ルークはこの世界と全然違うよ。だから最初見たときびっくりしちゃった」

イアハートの世界、グラニデのガイとルークはどんな生活をしているのかというガイの質問にイアハートが自分の剣に体重を預けながら答えた。
初めての対戦で、しかも共にクエストに行ったことがないのに関わらず、イアハートはガイの太刀筋を読んでいた。だからきっと違う世界にもガイがいたんだと分かる。

「ガイとは戦ったんだよ。多人数対ガイだったんだけどね、すっごく強かった」

「どうして戦ったんだ?」

「ルークを襲う敵だと勘違いしてね、私たちに剣を向けたの。勝ててよかったよー、殺気が凄かったってディセンダーも言ってた」

「そっちの俺もルークが大事ってわけか」

ガイにはグラニデのガイの気持ちがよく分かった。失いたくない者は違う世界でも同じなのだろう。味方と敵の区別がつかないくらいに大切なのだ。

「ルークはね、髪が短いの。ちょっと後ろ向きなんだけど、次期国王として一生懸命頑張ってた。」

「やっぱり、王族と召使なんだ」

「ルークもガイのこと好きだったんだよ。ガイを庇って自分を差し出すくらい。もう頼らなくてもよくなるぐらい、一人でなんでもできるように頑張ってて」

「はは、今の我が儘ルークには想像つかないな」

髪をなびかせながらクレスに技を仕掛けようとするルーク。どれもこれも受け流されているのは経験値の違い。
あの髪が切れたら、どこかに飛び立ってしまう。やっぱり断髪はできないとガイは思った。






[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ