Other

□まじないだより
1ページ/2ページ




心配事があったり勇気をもらいたいとき、僕はよく手帳を開いた。そしていつも気がつくのだ、ブラスター・ブレードはデッキケースにいることを。
忘れていたわけではない、ただ癖になっている。だからつい、カードキャピタルの中で手帳を開いてしまった。

「何か入れてるのか?」

「わ、三和君、櫂君!」

三和君は眩しいくらいの笑顔で僕の名を呼んだ。櫂君は相変わらずだ。悲しいことにもう慣れてしまった。目を向けてくれるだけ有難いと思う。しかも向かいの席に座るなんて滅多にない。きっと三和君が僕に話しかけてくれたからだ。
手から手帳が上へ離れていく。三和君が取ったのだ。何もないことを確認すると、不思議そうな目で見てきた。

「手帳を開くの癖なんだ。前は」

ブラスター・ブレードが入っていた、と言いかけてやめた。もしかしてこれって恥ずかしいことなんじゃないか。四年前に貰ったカードをお守り代わりなんてあんまりしないんじゃないか。
そんなことを知ったら櫂君は怒ってしまうかもしれない。気持ち悪いと蔑んだ目で罵るのかもしれない。それよりもっと恐ろしいのは、いない存在として扱われること。

「前は?」

「……好きな人の写真を入れてたんだ」

「へー、アイチに好きな人が」

よし、上手く誤魔化せた! 心の中でガッツポーズ。
好きな人の写真を生徒手帳に入れている人は多いらしいから違和感はないはずだろう。ちなみに情報はクラスメイトの女の子。教室で楽しそうに話しているのを聞いていた。
三和君は納得してくれたようだけれど、櫂君は眉間に皺を寄せている。やっぱり櫂君には通じないのかな。さすが僕の憧れの人だ。疑われているのは僕だけど。
はっ。もしかして今まで所謂恋バナをしてこなかった所為だろうか。出会ってからヴァンガードの話ばかりしている気がする。どうしようどうしよう。

「今は入れてないってことは振られたのか」

「え、ええとそういうことではなくて」

「まだ望みはあると」

楽しそうに三和君が話す。反対に櫂君は不機嫌だった。背後にネハーレンが見える。これはPSYクオリアの力? それとも僕のイメージなのかな。

「だったらアイチにぴったりのおまじないがあるんだ。恋愛成就のおまじない」

「恋のおまじない!?」

あれ、ネハーレンにドラゴニック・オーバーロードがライドしている。黙示録の炎がメラメラと燃えている。
何でだろう。僕がすぐに諦めるような人間に見えてしまったのかな。だったら積極性をアピールしなきゃ!

「教えて下さい三和君!」

「やる気満々だなー。生徒手帳に真っ白なページあるだろう? そこに赤いペンで自分の名前、青いペンで好きな人の名前を書き、手帳をポケットに持ち歩いて一週間。すると」

「すると?」

思わず前のめりなる。

「好きな人から告白されるんだって!」

それは凄い!赤いペンは持ってるけど青いペンはない。あ、でもエミだったら持っているかな。
青いペンで書くのは勿論櫂君の名前だ。もっと仲良くしたい、ファイトしたい。おまじないの力に頼ってもいいよね。マイナスは多分起こらないし。
チラリと櫂君を見る。ドラゴニック・オーバーロードはいなかった。その代わりにドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンドがクロスライドしていた。
何故と考える前に、思考はカムイ君のことで止まってしまった。どうして小学校には生徒手帳がないのだと騒いでいたからだ。





翌日、火曜日。快晴だ。
やはりエミは青いペンを持っていて、昨夜それを借りて生徒手帳に櫂君の名前を書いた。隣には赤いペンで自分の名前。一週間後が楽しみになる。
今日もカードキャピタルに櫂君と三和君が来た。櫂君は相変わらずファイトをしてくれなかったけれど僕の斜め向かいに座ってくれた。
三和君はその隣でニコニコと笑っている。

「なあアイチ、誰の名前を書いたんだ?」

「えっ、それは……秘密です」

まさか隣にいる人の名前を書きましたなんて言えない。もしここでバレてしまったら櫂君はドラゴニック・オーバーロードの黙示録の炎で焼き尽くすだろう。
ああ、櫂君の目が怖くて合わせられない。つい俯いてしまう。恥ずかしくて顔が熱くなった。

「初心だなーアイチは。よし、いいおまじないを教えてやるよ」

「いいおまじない?」

「そう! 出かける前に金平糖を好きな人の名前の数だけ食べて、その人の名前と会えますようにって言うと、好きな人と話せるんだって」

好きな人と会話できる。とても魅力的だ。櫂君はカードキャピタルには来ても、僕と必ず話すかといえばそうでもない。カードゲームをしに来ているのだから当たり前と言われれば当たり前だけれど。大体は僕が見つめているだけだ。

「その金平糖はどこに売っている」

興味なさそうに櫂君が言う。言われてみればそうだ。金平糖を売っている店なんてあまり見かけない。おまじないも道具がなければできないのだ。
それにお金だってあまりない。ブースターパックばかり買っているし、これからもきっとそうだろう。毎日は試せない。
三和君が口の前で人差し指を振る。そして制服のポケットから透明な小袋を取り出した。中にはカラフルな金平糖が入っている。

「偶然、高校の近くのコンビニで売ってたんだよねー。これで明日はばっちりだな!」

星の詰まった袋が手のひらに乗った。三十粒はあるだろう。少なくとも十日間おまじないが出来る。

「あ、でも僕お金が……」

「いいのいいの。お兄さんからのプレゼントだ!」

優しい。三和君は優しい。金平糖は願いを叶えるために落ちてきた流れ星の欠片なのかな。なんて物語の世界みたいに考えてしまった。

「ありがとうございます!」

明日櫂君と何を話そう。今も近くに彼がいるけれど、会話はできなかった。話題が見つからないっていうのもあるかな。好きだけど近づけない。
でも金平糖を食べればきっと大丈夫。魔法のアイテムだ。
嬉しくて頬が緩む。早く明日にならないかな。
そしてカムイ君は外へ走っていった。何故かエミの名前を呼びながら。






水曜日。ちょっと曇っている。玄関で忘れずに金平糖を三粒口に含んだ。

「トシキ君と会えますように」

頭の中でイメージする。綺麗な青い空の下で楽しそうに笑う僕と櫂君。近くでういんがるが走りまわって、ブラスター・ブレードがそれを見守っていた。そして櫂君は幸せそうに微笑んで……あれ、イメージができない。
もう一回イメージをしてみる。目が優しくて、白い歯が眩しくて……やっぱり想像できない。三和君や光定さんならすぐに思い浮かぶのに。

「イメージ力が足りないなあ」

勝手なイメージを押し付けるなと怒られるかな。

授業が早く終わり、今日もカードキャピタルに訪れた。ミサキさんはもう店番に立っている。学校が近いのかな。
小学生のカムイ君は既にカードキャピタルでヴァンガードをしていた。喜んでいるところを見るとどうやら勝利したらしい。

「こんにちはカムイ君」

カムイ君の目がこちらに向く。目が大きく開いたかと思うと僕の懐へ突撃してきた。

「お兄さんお願いします!エミさんの持ち物を下さい!」

勢いに負けて尻餅をついてしまう。結構痛い。
ふっと僕らに影が被った。面白そうに見ている三和君と、ドライブトリガーチェックでクリティカルトリガーを引いたときのように笑っている櫂君だった。そういえば今朝はこの笑顔しか思い出せなかった。

「なーんでエミちゃんの持ち物が欲しいんだ?」

「両想いになるためだよ!ぐえっ」

カムイ君は櫂君に襟を掴まれて立たされた。僕は手を三和君に握られて立ち上がる。
カムイ君が欲しがっていた理由はおまじないのためだった。
好きな人から持ち物を貰って大切にとっておくと両想いになれる。
お願いします! と言うけれど、僕にはどうにもできない。だって妹のものは僕のものではないのだから。

「そんなもの、おまじないではないだろう」

櫂君が鼻で笑う。そんな姿もかっこいい。やっぱり櫂君はすごい。

「どういうことだよ!」

「嫌いな奴に持ち物を渡す者は滅多にいない。それに言い出されたら大抵の人間は少なくとも意識ぐらいする。ただの心理だ」

悔しそうにカムイ君が顔を歪める。でも何にも言い返せない。僕も異を唱えることはできなかった。
ご本人に頼むんだな、と三和君が入り口を指差す。そこには腰に手をあてているエミが立っていた。しかもちょっと怒っている。

「もうアイチ! 今日は一緒に宿題をする約束でしょ!」

「ご、ごめん!」

すっかり忘れていた。おまじないで頭がいっぱいだったから。

「おいアイチ。明日は来るのか?」

「ううん、明日は塾があるから」

もしかして、櫂君は明日も来るのかな。ああ、勿体無い。塾なんてなければいいのに。
でも僕には高校受験も大事なこと。同じ高校に通いたいもの。
エミが早く早くと手を引っ張る。急いで鞄を持ち、外へ足を向けた。

「エミさん!」

カムイ君が真っ赤な顔をして呼び止める。焦って続きの言葉が出ないようだった。いつもハキハキしているのに、不思議だ。
エミはにっこり笑う。でも引っ張る力は強いまま。

「カムイ君、またね」

そして僕らはショップを出ていった。一回だけでもファイトしたかったな。そう言うと学業優先だと怒られた。
家に到着して、テーブルに教科書とノートを広げた。可愛い猫が描かれた鉛筆と青と赤のペンが筆箱から登場した。
エミに問題の解き方を教える。あとは解き終わるのを待つだけ。
今日は櫂君と会話ができた。金平糖のおかげかな。それともカードキャピタルに行ったから?
塾がある明日はきっと会えないだろう。関わりなんてヴァンガード以外ないのだから。





木曜日の塾。同じ教室の仲間(ううん、ライバルって言ったほうが正しいかもしれない)と授業を受ける。目が爛々として真剣だ。
ホワイトボードに書かれる記号。基礎の問題は理解できるけれど、少しでも捻られると複雑に見えて分からなくなってしまう。パターンに慣れればできると先生は言うのに、僕にはなかなか身に付かない。
ノートの隅に小さな落書きをする。輝くブラスター・ブレードと元気なうぃんがるを描いた。櫂君からもらった大切なカードを活躍させることができるなんて、昔は想像だけしかしなかった。かつての僕が聞いたら驚くだろう。まさか全国まで行くなんて。
時計の針が終了時刻を指す。うーんと伸びをして片づけを始めた。
コートを着てマフラーを巻いて、外に出る。息が白い。耳あても着けたほうがよかったかな。
向かいのコンビニから見知った人が出てくる。茶色で特徴的な髪形……櫂君だ!

「櫂君!」

まさか会えるとは思わなくて、駆け寄ってしまった。櫂君の左手には小さなコンビニの袋がある。買い物をしたんだろう。偶然この場所この時間に。
会いたかったはずなのに言葉が出てこない。嬉しくて、でも緊張して、喉が詰まってしまう。三和君だったら、するする喋り始めるだろうに。
頭をぽんぽん叩かれる。全然痛くない、優しい心を感じさせた。

「餡まん食べるか?」

ビニール袋から出される温かいもの。手に乗ると、じんわり温度が伝わった。

「いいの?」

「疲れたときには糖分だろう」

「……ありがとう」

櫂君は袋から肉まんを取り出し、口に含んだ。寒いのか、ほんのり耳が赤くなっている。
寒がりなのかな。確か今日はポケットの中にホッカイロを入れていた。大丈夫、まだ温かい。

「ホッカイロ使う?  使用済みだけど、まだ温かいよ」

ホッカイロを櫂君の手に当てる。綺麗な白い手。この細長い指でいつもヴァンガードファイトをするのだ。
しっかり握ったことを確認すると、手を離した。すまないな、と小さな声が聞こえた。

「……今日も金平糖を食べたのか?」

「うん。おまじないって凄いね。今日も会えたんだよ」

教えてくれた三和君に感謝してもしたりない。また櫂君とお話しできた。それがとても嬉しい。
ゆっくり歩き出す。隣に好きな人がいる。何も言わないけれど、先ほどとは違って静寂が心地よい。自然と笑みが浮かんだ。
櫂君の表情は、暗くてよく見えなかった。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ