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□童話にも無い
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英雄とその妹は世間から隔絶された深い森に住んでいた。
魔物たちと戯れる英雄と少女。そんなおとぎ話にも出てこない光景。

「カイ、よくきた」
「いつ気付いてくれるのかと思ったよ。
はい、イリアちゃん」

イリアと呼ばれたロングヘアーの少女は渦巻きの棒飴を受け取る。

「ありがとうカイ兄さん!」

イリアはにこっと笑って飴を口にした。
幸せそうな顔をしてくれる。あげがいがあるというものだ。

「キュルルルキュルルル」

魔物の声。普通なら警戒心を抱くだろう。
だが、この場所は違う。
イリアの足下の小さな魔物が、くりくりとした目でこちらを見ていた。
ザードが魔物をさっと抱き上げる。無表情だが慈しむ心が伝わってきた。
そしてその魔物をカイに向けた。

「カイ」
「え、無理無理!また噛まれるだけだ」
「カイ、大丈夫」

そろそろとカイは手を伸ばし、魔物を抱く。
暖かい。間近で見ると魔物の一本の角も可愛く思えた。
顎らしきところをくすぐると機嫌良く鳴いてまるで猫みたいだ。
魔物が魔物ではないような、明らかに恐れではない感情がカイの心に湧いた。
英雄とその妹が魔物たちと戯れている。誰がそんなことを考えるだろうか。誰も考えないだろう。


魔物が出るという街道をカイは歩いていた。
何度も思い返すその情景。
魔物を倒すたびに彼らと彼らと戯れている魔物たちを考える。
魔物は悪。倒すべきもの。
魔物を殺さなければ人間が死ぬ。でも本当にそれが正しいのだろうか。

「きゃぁぁぁ!!」」
「なんだ!?」

カイは剣を握りながら叫び声のする方向に走った。
太く鋭い一本の角を持った大きな魔物が女性(いきなりだったのでよくは見れなかった)を襲おうとしていた。
彼女の周りには剣を握った男たちが倒れていた。魔物と戦ってやられたみたいだった。
カイは剣を構え、角を持った魔物を斬ろうとした。
あと3メートル、あと2メートル。剣を振り上げ一気に振り下ろす。

「あ……」

気付いた。けれど止まらない。止まれない。
剣は魔物の体を斬り、ばくっばくっと動いていた心臓を斬り、血がべっとりと付いた。
魔物はぴくりと震え、やがて動かなくなった。死んだのだ。
カイは魔物を見る。太く鋭い角を見る。自分の剣を見る。赤い。
あの魔物はザードの家にいた魔物に似ていた。成長した姿かもしれなかった。

「助けて下さってありがとうございました!!」

カイは女性の声で振り向いた。困惑を隠して。
彼女は泣いていた。怖かったのだろう。当然だ。

「あなたが無事でよかった」

あの魔物は死んだ。これでよかったのだ。それが常識。
あの魔物は悪。人間は正義。それが一番楽だ。



英雄と英雄の妹は魔物たちと戯れていた。
一本の角を持った小さな魔物はイリアに抱きしめらせている。
よく見るとイリアは泣いていた。どことなく悲しい雰囲気が漂う。

「どうしたんだい、イリアちゃん」
「この子が何だか悲しそうで、私も泣いちゃったの」

悲しそうでしょうと魔物を見せる。
カイには魔物が涙を流しているように見えた。心が傷んだ。

「イリアちゃん、君には笑顔が一番似合うよ。さ、涙を拭いて」
「うん……。ありがとうカイ兄さん」

イリアに抱きしめられていた魔物は、じっとカイを見つめた。
カイにはその生き物を抱くことはできなかった。



英雄とその妹が魔物たちと戯れている。
真実を言っても誰一人信じないだろう。

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