現在

□蝶々。
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「パパ見てー。蝶々。」


小さな小さな手のひらに包まれた、これまた小さな蝶々。


「羽がもがれているな。」

これ程に小さいと言うのに、何処までも広い大空を身一つで飛び回る。


「蝶々さん飛べない?」


「…あぁ。」


向けられる、妻に瓜二つの蒼眼が憂いに満ち揺らぐ。


「…死んじゃう?」


その問い掛けには、何故か返答に躊躇した。


答えは簡単。


嫌と言う程、目の当たりにして来たのだから。


「ブラ、蝶々さん放してあげよ?」


蒼の髪は空に。
白の肌は光に溶ける。


妻は眩しいと思わせる笑みを浮かべて、ブラの手のひらを包み込んだ。


「うん。」


妻の手を借り解き放たれた蝶々は、片方の羽のみで頼り無げに大空を舞う。


「飛んだぁ。」


柔らかな頬を赤く染め上げ、瞳には沢山の光を取り込みブラは歓喜の声を上げた。


それとは別に、悲しく笑う妻は蝶々の行く末を理解している。


生きとし生けるもの。
避けては通れぬ。


死。


人生を謳歌する者もあれば。
途中で無惨にも奪われる者も居る。


蝶はもっと飛びたかったろうか。
身一つで何処までも大空を切り裂いて生きたかったろうか。


かつては奪う側だった自分が、奪われる側になり初めて理解した。


命は何物にも代え難い。

そんな至極当然で当たり前の事が、時折重くのし掛かる。


“護れる筈もない。”


闇が時折顔を出し、せせら笑う。


余りに儚くも脆い。
そして何者にも代え難い。


愛すべき者達。


“羽をもぐつもりか?”


白く眩しい者達を見る都度、闇の声は低く語り掛けた。


“無惨にも羽をもぎ私欲を満たすか?貴様には殺戮だけが全てだろう?”

確かにな。


俺にはそれだけが全てだった。


だが変わった。


命を投じてまで、護ろうとした。


あの瞬間から。


“残虐非道なサイヤ人の王子が生温い星に身を置くのか?笑えるな”


笑うなら笑え。


だが、サイヤ人としての誇りを手放すつもりは毛頭ない。


「ねぇパパ。蝶々さんにはお空が似合うね。」


そう言ってあどけなく笑うブラに、今また一つ理解した。


俺も蝶と同じ。
血にまみれ、片羽をもがれても尚、大空に焦がれる。


何処までも登れば見えるだろうか。
空気は薄くなり、寒さに臓器が破壊されようとも。


手を伸ばし伸ばせば届くだろうか。
闇から這い上がれるだろうか。


思わず掲げようとした右腕を、白くたおやかな腕がヤンワリと掴んだ。


「ねぇ。こんなにも空が近いの素敵じゃない?」


あぁ。
そうか。


空は既に手に入れた。


大空を頼り無げながらに飛ぶ蝶の様に。
俺もまた頼り無げではあるが、蒼を手にした。


眩しい程の笑みを向け、それとなく腕を絡める。

対の手は俺の代わりに、真っ直ぐ大空にと伸ばされる。


いつでも。


目を向ければ側にいる。


ごく当然に。


至極当たり前に。


笑い。
時折、様々な表情を浮かべる。


この女こそが。
この女がもたらした者こそが。








俺を闇から引き上げた。












end

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