現在

□ある日。
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C・Cの要と言うべきラボ。


その場所に続く扉が、軽い空気音を立て横に開く。


まだ日が昇りきって間もない早朝。
気怠い体に清々しい空気が心地よく染み渡ってゆく。

白のガウンに身を包んだブルマは、同じく白のルームシューズで足下を覆い室内へと一歩を踏み出した。


一週間後に控える新作発表会。


昨日徹夜で書き上げたスピーチ原稿をパソコンから抽出し終え、そのディスクを取りに来たのだ。


と。


ここでブルマはあり得ない光景を眼にした。


数十台ものパソコンが待機状態にとある部屋の一角。

小さな商談スペースがある、そのソファーの上。


あろう事か、トレーニングウェア姿の夫が眠りこけて居るではないか。


しかも熟睡に近い。


「うっそー珍しいー。」


明日は雨が降るのだろうか。
いやいや槍が降るのかも。

とにもかくにも、自分のスケジュール管理に徹底する夫にしては至極珍しい光景である。


そう言えば昨日、父さんと何やら論議を繰り広げていたような・・・。


皆が白衣、または作業着姿のラボ。
トレーニングウェアの夫は遠目からでも目立つ。


いや。
服装だけが、そう思わせる要因では無いだろうが・・・。


ブルマは小さく含み笑いを浮かべると、ソファーの僅かなスペースに腰を下ろした。


寝ているのを良いことに夫の顔をマジマジと覗き込む。


「いい男よね・・・」


この男が以外や以外にも整った顔立ちなのに気付いたのは随分と昔の事。


形の良い鼻梁に薄い清閑な唇。
小さな顎から肩にかけてのラインは、女でなくても見惚れる。


気品。
その言葉が一番似合うとブルマは思う。


あれ程残虐に・・・多くの罪も無い人間の命を奪ったとしても尚。


決して揺るがず、何者にも揺り動かす事の出来ない魂も誇り高く美しい。


この男が穢れないのは、確固たるプライドと言う名の強く真っ直ぐな意志の所為だろう。


「・・・苦しかった?」


呼吸を繰り返すたび上下する


胸元に置かれた右手を引き寄せ、自らの頬にと導く。

目を閉じれば直ぐそこに。

広がる地獄かの景色。


この右手は・・・多くの命を奪った。


例え・・・何者かに操られていたとしても。


幼い頃から・・・殺略が全てであったとしても。


生きるか死ぬか。


その残酷な世界に身を置いていたとしても。


・・・許されるものではない。


それでも・・・


ブルマはソファーの上の僅かなスペースに身を滑り込ませ、体を密着させた。


「あったかい・・・」


ごく間近に感じられる強く逞しい鼓動。


胸元の上にと頭を乗せれば、心から安堵する香りが鼻腔を擽る。


こうして愛する者の温もりを感じる事が出来る。


何物にも代え難い


至福の時。


それを与えてくれる者は、只一人しか居ない。


宇宙広しと言えど、この人しか居ないと断言出来る。

神に誓ってもいい。


「苦しんだ・・・よね。」

この上なく不器用な男は自分を誤魔化す事も、逃れる事もしない。


例えそれが、血にまみれる人生であったとしても振り返ったり美化する事は決して無い。


あるがままに


全てを受け入れるのが、どれ程に苦しいか。


とても・・・図り知れるものではない。


「あんたが・・・命を奪う事しか無かった あんたが・・・初めて護ったのよ・・・救ったの・・・すごく誇らしい事だわ。」


自らの命を投じて・・・戦った。
護った。


彼がもっとも憎むべき相手の技を策に講じてまで・・・この地球を救った。


「因果応報って言うのかしら?多くの命を奪ったあんたが、今度は多くの命を救うなんてね・・・」


あんたの罪は消えるワケじゃないけど


私は


ベジータ・・・あんたが夫で誇らしいわ。


胸を張って言える。


あんたが全てを受け入れて、それを背負って生きていくんだったら


私があんたの支えになる。

いつでも厳しく、そして真っ直ぐ子供に向き合うあんたと


私も一緒に真っ直ぐ向き合って生きていくわ。


日だまりが生まれ出したソファーの上。


まどろみの中、口元に小さく笑みを浮かべブルマは瞳を閉ざした。











「あれ?ベジータ?」


どれ程眠っていたのだろう。


昇りきった太陽光が眩しく眼を開けたブルマは、隣に寝ていた筈の夫を視線で探した。


しかし、とうの前に起床したらしい夫の姿はラボに無い。


朝食をとりにリビングにと行ったのだろう


二度寝の所為で思うように働かない頭をもたげ、起きあがったブルマはハタと我に返った。


毛布が一枚、床の上に落ちている。


冷え切ったソレは、随分前に夫が自分の為にと掛けてくれたものらしい。


それは良いとしても・・・










「ベジータ!!」


朝食にと用意された物の一つ・・・ポテトサラダを頬張っていたベジータは、ブルマの怒号に思わず喉を詰まらせた。


慌ててスープを流下させ事なきを得た視線は、一点を鋭く睨みつける。


「朝っぱらから何だ…!」

「これ・・・!!どういう事よ!!」


視線を向けた方角


リビングの入口にと立つブルマは、憤慨した様子で黒い物体を突きつける。


「・・・何だそれは?」


よくよく眼を凝らして見る先には、小さなプラスチックの欠片が握りしめられていた。


「何だ?じゃないでしょ?!私が徹夜で書いたスピーチ原稿が入ってたのに!!あんたの所為でバッキバッキになっちゃったじゃないのぉ!」


彼女の言い分では、ポケットに入れていたディスクが一緒にソファーで寝てしまった所為で割れてしまったらしい。


腰に手を添え憤慨するブルマを一瞥したベジータは、深くため息を吐き出し頭を抱えた。


てめぇの所為だろうが。


その一言は何とか呑み込んだ。


ラボにて目が覚めた瞬間。

夢うつつと、現実との最中を意識は交錯した。


己が生み出した気弾により、響き渡った悲鳴。


流れる鮮血…もげ落ちる肢股…地獄より残虐な光景。

あれ程に慣れ親しんだ感覚が、この上ない嫌悪感となり覆い被さった。


その重さは計り知れず。


ズブズブと、奈落の底にまで沈み行く感覚に襲われた。


もがき這い上がろうと空を切った右手。


それを瞬間。
何かが掴んだ。


白く発光するかのソレは、暗黒の闇に光を差し込み己を地上にと引き上げる。


そこで意識は覚醒した。


見ればこの上なく間抜け面を晒す女の顔が、直ぐ横にとあったのだ。


罪深き右手を、恐れるでもなく包みこんでいたのは紛れもない。


彼女の両の手。


『重てぇ…』


胸元に置かれた彼女の頭部の重さにではない。


ましてや置かれた両の手でもない。


彼女が


彼女そのものが


その全ての何たる重さか…。


己が初めて…命を投じてまで護りたかった者。


その命の重さを、まざまざと思い知らされたのだ。


「んもうっ!これ書き上げるの大変だったんだからね!罰として今日は1日、私の買い物に付き合って貰うわ!」


ふんぞり返って、勝ち誇ったかの笑みを浮かべる女。

今は…戯れ言も聞いてやろう。


今だけだが…。


「何処へ行くんだ?」


問いただした質問に、珍しいモノを見たと言わんばかりにブルマは目を見開く。

と。


その背後から、寝惚け眼のトランクスが現れた。


「おはよーママー。」


髪の毛は寝癖だらけ。
目を擦る仕草も、瓜二つ。

未だ唖然としたままのブルマと、頭を掻くトランクス。


二人を見やり、ベジータは思わず小さく笑みを浮かべた。


『やっぱ今日は雨だわ。』

自分の要求を快諾したどころか、穏やかにも微笑む夫。


まさか自分の一挙一動でブルマが天気を心配している等


無論。
本人は知る由もない。






end

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