現在

□記憶。
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母の愛等と覚えていない


正しく言えば、知る術すらなかった












体内に居た時から、既に思考は働いていた


ぐにぐにと蠢く女の歪な内壁
後に羊水と呼ぶのだと知った液体は、俺にとっては不快この上なかった


赤子であれ聴覚は研ぎ澄まされ、腹越しに家臣が交わす言葉を聞く


その時すでに殆どの言葉の意味を理解していたと言えば、俺が産まれて直ぐに家臣の首が落ちたカラクリを、下等であれ少しは理解出来たろう


「いくら同族に女が希薄と言えど、よもや王ともあられる御方が異星人の女を妾に執ろうとは・・・」


「不穏の表れじゃ、その女が子を宿した。」


「噂をすれば影。赤子が形成をされぬ内に、流れ落ちてしまうのを願うばかりですな。」


戦闘民族の血族は、その能力を衰えさせない為にも同族との交わりが絶対だった

王は、そういった所である意味破天荒であり、すでに戦線を退き家臣でありながら権力を誇示していた長老共からは心底疎まれていた。


「そろそろお生まれになるかと・・・ご子息はいずれ王の座に就かれるお方。ご自身の体、丁重に扱われなされ。」


「その通りじゃ。我ら種族は恨みを買う事も多い、王の子ともなればいつ命を狙われてもおかしくはない。」


「そう・・・例えば、このように・・・」


一瞬で膨れあがった殺気
腹を目掛けて気弾が放たれると、何処かで理解していた













「な・・・何事。」


物音を聞きつけ、飛んできた下等はさぞ驚愕しただろう


鮮血に塗れた死体が四つ
三つは老いた男 
一つは女


女は腹が大きく裂かれ息絶え
男は首が落ち息絶えている

その血の海で、薄気味悪く笑う赤子は既に二本の足で立ち佇んでいたのだから。











「寝れないの?」


此方も寝れなかったのか、大きな腹を抱えてブルマが身じろぎした。


つい先日、高齢出産とやらは幾つもの危険が伴い、母体も命の危機に直面するケースもあるとのうんちくを聞かされた。


その所為であんな夢を見たのか・・・


「・・・怖くはないか?」

聞くつもりは無かった


しかし思考とは裏腹に、問いかけが口をついて出た。


「・・・出産の事?そりゃ色々と不安だけど、もう産むって決めたもの。
んでもって産むって決めたからには、元気な子を産むつもりでいるわよ。」


「・・・その自信はどこから来る?」


「そうねぇ。ほら、私って運が良いじゃない?今までだって散々な目にあったけど、今はこうして生きてるもの。それによ?最初、地球を侵略しようとしたあんたを夫にして、こんなにも幸せなんだもの。子供だって無事に産まれてくるに決まってるじゃない。」


何処までも細い体には似つかわしくない、その部分だけ大きく出っ張った腹を慈しむようにさする


ブルマの言う事は、まるきり道理に合っていないのが毎度の事


しかし同じく何故か納得してしまうのも毎度の事だった。


「お前から産まれたガキはさぞや平和面で脳天気だろうな。トランクスが良い例だ。」


「あら。それって良いことじゃない。それに、ちゃーんとあんたの血も流れてるのよ?」


…俺の血


「残虐で非道な、血を好む赤子だぞ。」


「え?」


「分からんか?この俺がそうであったように…命を命とも思わん。 その血を引く赤子だ。」


トランクスの時は、気に掛ける事もなかった


ましてや今回の様に、朝から晩まで母体と赤子の気にアンテナを張り巡らす等、あるまじき事だった


しかし、今は何より


無事に産まれてくれと願う

いつから思考が激変したかは、定かでないけれど


「不安…って、もしかしてあんたの方?」


月明かりを取り込み、小宇宙かの輝きを見せる蒼の双眸


此方の全てを…腹に据えていた想いも全て見透かすように


じぃと見上げ問いかけられれば、確かにそうだと素直に思える


「不安か…そうかも知れん。」


この俺が


数多の星を蹂躙し多くの命を容易く奪った


この俺が


一人の女と一つの命を護りたいと願うのが


…果たして許されるのか

「あんたらしくないわ。」


俺の想いを、知ってか否か

上体をゆっくりと持ち上げた女は、凛とした声音を発する


「あんたが不安に駆られるなんて、らしくない。あんたが、今までして来た事…これから直面する事。 全てに威風堂々と立ち向かうのがあんたでしょ?例え、間違った道に進んでも、最悪な結果になっても。あんたなら、乗り越えられる。」


いつの間に添えられたのか…僅かに温度の低い指先が俺の手を絡めとる


「一人で駄目な時は、私が居る。二人で挑むんだから、最強じゃない?」


本来ならば触れていい筈もない


血にまみれた俺の手を…幾ら拭えど消えぬ罪悪全てを包むように臆せず触れる

「確かにな。口煩く喧しいお前が側で喚き立てれば、困難の方から逃げ出す。」

「ちょっとぉ。美人で優しくてナイスバディって言ってよね。」


いつでも当たり前に側に居る


この女の存在が、俺にとってのどれ程の安堵に繋がるか


「…大丈夫よ。あんたの血が流れてるって事は、プライドが高くて自分に厳しくて、負けず嫌いで向上心があって…誰よりも誇り高い。そんな子に育つんだから。」


「分からんぞ。喧しく我が儘で、遠慮も知らんガキに育つかも知れん。」


「何よぉ…!本っ当、口が減らな…」


頬を膨らませて右手を振りかぶる


その手首を掴み、言葉を阻害するように唇を重ね合わせた











この女が大丈夫だ。と言うのなら確かに大丈夫なのだと思える


不確かで確かな感情。


サイヤの血が
誇り高きその血が


こうして偏狭の星で、またあらたな体の内部に流れて居るのだとしたら


俺を腹に宿した女も、満足だと頷いてくれるだろうか…


既に死んだ女
その思考は知る由もない


だが考えてみる


何故、赤子で既に聴覚が研ぎ澄まされていた俺が


母だとする女の声を一度も聞いた試しが無かったか…

あくまでも一つの過程


母は…


俺の命を狙う輩から身を護る為に、声も立てずに隠れ住んでいたのではないか…










「あ、ベジータ見て!流れ星!」


まるで、その考えが正しいのだと伝えるかの様に…

ブルマが差し示した方角の空から、一筋の光が流れ落ちていった。











end

→あとがき
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