Milky load.

□X nightmare
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特にやましい事も無いのだが、リーダーは警備兵の目を掻い潜り続け、一際高い塀と厳重な警備に囲われた施設の前で漸く人前に出た。

「何だ、おまえか。」

幾重にも施錠された門が開く。
リーダーは警備兵を見る事も無く入った。
直ぐに門が閉められる。
ここはそれだけ危険な場所だからだ。
建物まで何も無い広い敷地の下、そこが目的地だ。
目に見える建物の中には煙突の無い暖炉があるだけで何も無い。
他と大差の無い壁に近付き、強めにノックすれば蓋が開く。
数字の並んだパネルを決められた順番で押すと、今度は暖炉から音がした。
リーダーは壁を元に戻して暖炉に向かい、床板をスライドさせた。
地下に続く階段と、地下から這い上がる独特の臭いに毎度の事ながら若干引いてしまう。

「俺もよく生きてここから出て来れたよな。」

息を止めて階段を降りた。
頭上で床が元に戻る音を聞いた時、リーダーは研究施設の薄暗い廊下に着いた。
相変わらず瓶の中に奇天烈な生物が入っていたり、関係者以外“絶対に”立ち入り禁止と書かれた先からは変な鳴き声、いや悲鳴が聞こえる。
薬や血の臭いは嫌でも昔を思い出させるが、吐く程では無くなった。
食後でなければ胃液の逆流くらい堪えられる。
僕以外滅多に立ち入り禁止、と書かれたプレートの下がる扉をノックも無しに開く。
どうせしても返事は無い。

「ノーラ博士。」

「データならそこら辺にあるから勝手に持って行きやがれ、無能共。」

「俺に必要なのは酔い止めなんですけど。」

「酔い止め?」

博士なのに白衣ではなく黒マントを纏った男が、鬱陶しそうに回転椅子を回して振り返った。
汚れが目立つからという理由らしいが、何処からどう見ても研究員と言うより魔術師の様だ。
リーダーに表情が残っていれば博士を不快にさせたに違いない。
博士は集中力を高める為に目深に被ったフードをチラリとあげ、リーダーの顔を確認すると幾分か機嫌が直った。
しかし顔色は悪い。

「ああ。君か、ガンドッグ。薬の準備は出来てるけど、昨日は忙しくて聞き忘れた事があってね。渡すのはそれからだ。」

「今のところ変わりは無いですよ。いつも聞くけど薬の感覚だって二十四時間戦闘があるわけじゃないからよくわからないし。」

「だったらさっさと全部脱いでそこに寝っ転がりなよ。隅々まで調べてあげるから。」

「やだよ。それに俺、今から大馬鹿野郎の所に行かなきゃいけないもん。」

「また報告の前に殴りかかったのかい?精神安定剤もおまけしてあげようか?」

「安定してるよ。安定してるから殴りかかるんでしょう?」

「それもそうだね。泣き虫な君が不安定になったら喧嘩しているのも忘れて大好きな執事に甘えてしまうだろうからね。」

「ガンドッグが短気で地下に引き籠ってる文系男の数倍強い事はそこのカルテに赤太字で書いてあると思いますけど?」

「ガンドッグには致命的な欠陥がある事もね。薬が切れればただの子犬ちゃんだ。」
「む。」

そこでリーダーは小さな唇を尖らせた。

「失礼な。ただの兵士よりは優秀ですよ。」

「君に射撃の才能があって本当に助かったよ。」

そう言うと博士は立ち上がり、断りも無しに奥へと消えた。
リーダーはその机に大して美味しくは無いが栄養だけはある固形食料数箱とミネラルウォーターを置いた。

『痛い?おっと、別に心配なんかしていないよ。データ収拾の一環だ。』

博士は、リーダーよりも後にこの施設にやって来た。
当初はただの研究員だったのに、直ぐに頭角を現して出世した。

『今日から僕がここの主任だ。不毛でくだらない実験は今日で終わり。文句のある奴は僕より優れた研究成果を見せるか、僕が無駄使いを許せる程の大金を積んで来やがれ。』

リーダーは、数字と異国の文字と記号の並んだ訳のわからない書類を動かさないように、そっ と撫でた。

「いつもありがとう、ノーラ博士。おかげで俺はもう泣き虫なんかじゃないよ。」

カルテの端にらくがきを見つけ、心の中で微笑む。
行き詰まり疲れた博士があーだのうーだの唸りながら描いただろうそれは、泣いている子犬だった。
リーダーは博士が転がしていったペンを拾い、その子犬の上に黒いてるてる坊主を描いた。

 

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