Milky load.

□]Xselection
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「ソナ!」

「ぱぱ!」

いつの間にかあたりは静かになっていて、いつの間にかここでの争いは終わっていて、瓦礫から顔を覗かせた男は広い空や海を思わせる瞳で、直ぐにソナの父親なのだとわかった。
軍服、敵だ。
途端、ソナは笑顔を消し、顔をくしゃくしゃにして父親の元へ駆けて行き、泣きじゃくった。
父親は己の心配を癒す為に、頑張った息子を労わる為に、強く抱き締めて受け止めた。
そして顔を上げ、害意が一つも感じられない瞳でかつての敵を見た。

「君達は?」

ただ、羨ましかった。
恐ろしい事が遭った時に泣き付いて抱き締めてくれる父親が居る事よりも、ソナに一目散に駆け寄られる男の立ち位置が、ただ、ひたすら羨ましかった。

「ソナを匿ってくれたんだ。何者かは問わないでおこう。」

男の後ろに、前線で何度も見た事がある精強無比の精鋭部隊が並ぶ。
男は彼らの険呑な視線を片手一つで黙らせた。

「今度は私の番だ。」

ソナとは似ていないが同じ柔らかい笑顔で、敵の服を着ている少年に手を差し伸べた男に、嫉妬した。
しかし、温かい食事を与えられ、身体を癒され、着る物を与えられ、清潔な部屋を宛がわれれば流石に懐柔もされる。
病弱で怪我で故障の多いアズラエルも元気になり、過去を断ち切る為にラドクリフと名乗る兄に倣い、アナグラムから一つ字を減らしたクリフオールと名乗った。
ソナも戦争のショックから解放され、やっと笑顔を取り戻した頃、兄弟共に執事見習いとして屋敷に仕える事が決まった。
魔女の末裔としては前代未聞の転職だった。

「一宿一飯の恩を返せよ。」

「一宿どころじゃないんですが。」

「わかってるじゃねえか。一生懸けて返せよ。」

「言われなくとも、頼まれなくとも、恩がなくとも。ソナと、ソナの帰る家は僕が守り、支えます。」

「ふん、無礼者が。メルソナード様と呼べ。」

「痛、殴る事ないでしょう。それでも貴方執事ですか。」

乱暴で自己中心的で自己愛が激しい本業は殺し屋であるらしい執事先輩にこき使われる毎日だったが、生まれて初めて幸せだった。
何処に居ても よちよち ついてくる幼いご主人様。
仕事中はあまり構うなと先輩に言われているから緩めない歩調に、必死について来て、やっとの事で捕まえ、肩で息をしながら嬉しそうに笑う可愛いご主人様。
一緒に居たいからと、邪魔でしかなかったが、掃除や料理を手伝ってくれる困ったご主人様。
夜は独りぼっちでは眠れないからと、枕を持って来ては添い寝を所望する甘えん坊のご主人様。
一緒に寝て、隣の悪夢を拾ってしまい、可哀想だねと、もう大丈夫だよと、抱き締めてくれる泣き虫のご主人様。

幸せで、幸せで。

愛しくて、愛しくて。

あの瞬間が来るまで、自分が捨てられる事等、考えもしなかった。


『ユージーン王子。聞こえますか?』


 

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