Milky load.

□]Yangling
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アルヴァートは、何かと貴族の集まりがある度にソナと抜け出し、一緒に遊んでやった。
その誼だけではないが、反戦派大粛清の際、なんとか処刑を免れさせたのに、ずっと消息不明だった。
戻って来た時にはソナは猟犬となり、外に出して貰えるのは研究成果を見せる時に限られていた。
地獄に派遣される第四部隊との合同任務は丁度良く、研究者共の満足の行くデータが取れれば回収されて行く。

『アルヴァさん。』

昔よりも大きくなったあの柔らかい手が、何人も殺してしまった事実が辛くて、当時はなかなか直視出来ず、呼ばれても書類から顔も上げずに会話に応える事は少なくなかった。

『どうした?シルヴァ』

アルヴァートがソナをシルヴァと呼び始めたのは、正式に第四部隊に配属されてからだ。
ドッグタグを渡したら、それは柔らかく押し返された。
久し振りに見たその手は、昔と何一つ変わらない、泣き虫で甘えたがりのお坊ちゃんの手だった。

“俺はもう、ソナじゃない。ひと じゃない、犬だから、名前も無い。”

その時初めて、シルヴァが第四部隊に配属されて良かったと思った。
頭のおかしい軍部や研究者に使われるよりも、自分の目の手の届く所にいれば、最悪よりももう少し ひと としてマシな生き方をさせてやれるからだ。

『お願いがあるんだ。』

『珍しいな。何だ?』

『…あの、』

今はまだ上から降ってくる命令を下すだけの部屋の、何の権威もない豪華な椅子は、本来なら貴族としてもっと位の高いラインハルトが座るべきだが、ラインハルトは誰かに命令される事と同じくらい誰かに命令する事を嫌う。
仕方が無く座り心地だけは良い司令室の、魔法も碌に使えない不良には手に余る役目に向かう己の袖を握る、小さな手に込められた必死な力に驚いた。

『ラドクリフを、』

何がどうなってラドクリフがここに来たのか、不思議だった。
この第四部隊に、上層部から死神よろしくいきなり降って湧いたのだ。
シルヴァはラドクリフを見て、それまで死んだ様だった青い目を大きく見開き、感情を灯した。

“なんで?”

ラドクリフも、シルヴァの白い髪を見て驚き、悲しげに目を曇らせた。
うろ覚えだが、いつもソナの傍にいて幸せそうに笑っていた気がする。
いつもソナが嬉しそうに話し、迎えに来れば嬉しそうに飛び付いていったのはよく覚えている。
アルヴァートが知る限り、国が認定した不良が集まる部隊に配属される様な男ではなかった。
しかし、来てからは、この男ほどこの場に似合う男はいないと、ソナが愛する様な男ではなかったのだと、わかった。
シルヴァも、一緒にいる事を拒んだ。
触られる事も、声をかけられる事も、見られる事も、今のラドクリフの全てを拒んだ。
流石のシルヴァも、ラドクリフの正体を知って嫌悪したのだと思っていた。

『お願い。ルゥを、もう外に出さないで。』

泣きながら懇願され、戸惑った。

『ルゥはこんな所に居ちゃ駄目なんだ。あいつに取られちゃう。そんなの駄目、ルゥはもう闘っちゃ駄目なの。あんな悲しい目をさせちゃ駄目なの。』

この、戦場に似つかわしくない少年が、執事を“家”に置いておく事で少しでも安心するなら、喜んで司令室を離れ、戦場に戻ろう。
何と返事をしたか覚えていない。
気が付いたら、自分よりも階級の低いラドクリフを司令官として本部の椅子に縛り付けていた。

 

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