Milky load.
□][k-night
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いつも静かに忙しない本部の廊下、道行く人々はしかし立ち止り、廊下の先の黒い影を見て小声で耳打ち合い、ほんの少しざわついていた。
「ラビ、ごめんってば!」
ポケットに両手を突っ込み不機嫌そのものに廊下を闊歩するラビの背に、子犬が おろおろ 纏わり憑いている。
何が遭ったのか気になるが、少しでもそちらに目をやればラビに目で殺される。
今日も子死神達は静寂を好むヴォルフガングの機嫌を損ねるのに余念が無かった。
「悪気は無かったんだ!」
「当然だ!クソチビ!!」
必死の弁解に対し、倍近い声で怒鳴り返され、リーダーの小さな身体が跳ね上がった。
それを優しく包んでジーンは口を尖らせる。
「心狭めえな、先輩。ミルキーがこんなに謝ってんのに許してやれよ、ケチ。」
「「おまえが謝れ。」」
「あれ?」
ジーンの顎が銃口に突き上げられ、その晒された喉に刃が突き付けられた。
ジーンの頬を冷たい汗が滴る。
リーダーとラビの殺気が研ぎ澄まされ、室温がどんどん下がって行く。
廊下は近い血の惨劇に騒然となった。
「俺、ピーンチ。」
リーダーの銃底とラビの剣が鋭く交差し、金属特有の甲高い音を立てる。
落とそうとした首は遠く身体ごと跳び退き、事無きを得ていた。
「仕方ねえじゃん。王族は謝れねえんだもん。」
「じゃあ謝らなくても良い様に常日頃から精進しろよ。」
リーダーは銃をホルスターに戻し、興を削がれ角を曲がろうとしたラビの服の裾を掴んで引き止めた。
「頭、打ったなら診てもらえ。」
「こんぐらい必要ねえ。」
「ジーンのついでだ。」
「頭の検査が必要なのはおまえらで俺じゃねえ。」
「リーダー命令だ。ラビも来い。」
「チッ!」
リーダーは、同じく嫌がるジーンとラビの服の裾を掴んで医務室へと続く廊下へ導いたにも関わらず、自分は踵を返した。
「「おいおい、待て待て。」」
ジーンとラビはリーダーの首根っこを掴み、引き摺った。
「苦しいんだけど、何?」
「テメエが一番怪我してんだろうが。診てもらえ。」
「そーそー。いくら勝手に治るっつったって服に血が付いてたら、せっかく大嫌いな風呂に入ったのにまた汚れるぞ。」
リーダーは明後日を見ながら柏手を打つ。
「はっは〜ん。おまえら付き添いがないと医務室に行けないお子様なんだ?」
「「そりゃおまえだ。」」
しゅぽん。
リーダーはバンザイし掴まれている上着から脱出したが、二人に手首を掴まれた。
「「!」」
二人は軽い身体を引っ張った筈がビクともせず、つんのめったと思ったら浮遊感を覚えた。
リーダーに腕を掴まれ、小さな身体に投げられたと気付いたのは床に叩き付けられてからだ。
「「いっでぇ!?」」
「この俺に勝とうなんて百年早い。」
リーダーは手を払い、滞空する上着を掴んで走り出そうと膝を曲げた。
しかし、二人の執念がリーダーの足首を掴み、リーダーはそのまま前に倒れた。
予想していなかった事態に、手は上着で塞がっている。
顔から行ったリーダーはピクリとも動かない。
「やっべえ。」
「おい、ミルキー。大丈夫か?」
リーダーは起き上がったが俯いたままで、小さな鼻から血を垂らしていた。
心配そうに覗き込む二人の顔面に、リーダーの拳がめり込む。
「「ぶっ!?」」
「痛ったーい!!」
「「!?」」
正直な感想を叫び ワンワン 泣き出したリーダーに、最寄りのラビとジーンよりも様子を窺っていた周囲が驚いた。
あの、第四部隊分隊リーダーが、たかが床に顔をぶつけただけで痛いと泣き叫んでいる。
死神にも痛覚はあり、それに対して泣き叫ぶ、子どもとして当然の感情も、涙もあった事に、ただ茫然と驚いた。
「おいおい、やべえぞ。」
遠いが確かに荒々しい足音にラビがいち早く気付き、リーダーを抱き締めてあやしているジーンの首根っこを掴んで立たせた。
周囲に居た連中は既にこぞって安全地帯へ退避を開始している。
「あんまりうるせえんで大魔王が掃討部隊を寄越しやがった!急ぐぞ!!」
走り出した瞬間、今の今まで三人が居た場所に微かな音を立てて風穴が数個開いた。
「げえッ!?掠った掠った!!」
「気ィ抜くんじゃねえぞ、ジーン!!死ぬぞ!!」
「えぐ、えぐ、」
本部の中でも特に厳しい非戦闘地域である医務室、つまり第九部隊のエリアに入るまで実戦さながらの追い駆けっこは続いた。