夜と騎士の事の成り行き

□夜と騎士の合格発表
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お約束と言うか何と言うか、えいとは受験当日に見事に風邪を引いた。
なんとか試験を受ける事はできたのだが、問題集に回答を写す余裕もどう解いたかの記憶もなく、結果はまさに神のみぞ知る状態だ。
卒業式の為に一旦えいとの実家から帰って来たが、えいとは父親と2人で暮らすマンションから出て来ない。
それ程加減が悪いのかと遠夜は何度かお見舞いに行ったが、門前払いをされる事になった。
ならば仕方ない。
明日は卒業式だ。

「夜分遅くに、お疲れのところ、すみません。」
「いや、気にしないで。遠夜君。お見舞いに来てくれてありがとう。」

えいとの父親は今でも柔らかい黒髪に透き通る様な白い肌をした、6人も大きな子どもがいる様には見えないイケメンだ。
お父さんと言うより次郎さんと呼んだ方がしっくり来るので、遠夜もお言葉に甘えている。
有名な大学を卒業し、今や優秀な中堅管理職で、柔和な性格で、誰からも慕われる、えいと自慢の父親だ。
次郎は「そういえば会社で貰ったんだ」と、ウィルスを寄せ付けないプレートを遠夜の首から下げた。

「本当はえいとに付けなさいって言ってたんだけど、聞いてくれなくてね。」
「どうせあの病弱じゃあるまいし、とか言ってたんじゃないですか?」

遠夜が苦笑うと、えいとの父親は申し訳無さそうに頭を下げた。

「えいとがいつもごめんね。」
「いいえ、次郎さんに謝って欲しい訳じゃありません。本人に謝らせます。」
「仲良くしてくれて本当にありがとう。」
「えいとの加減はそんなに悪いんですか?」
「あれは半分以上不貞寝だよ。」
「…成る程。」

健康が取り柄の不良がおかしいとは思っていた。
次郎の笑顔に背を押され、えいとの部屋にノックも無しに入る。
部屋は真っ暗で、ベッドの上で布団が丸まっていた。

「えいと。」

えいとがそうなる気持ちも、遠夜はわからない訳でもない。
えいとがそこそこ上の高校を狙っていると聞いた不良達による、えいとの既に地を這う様な内申点を更に下げさせようとする動きもあった。
それらはえいとをリスペクトしている下級生達がなんとか抑えてくれ、受験当日は不真面目な不良達がわざわざ妨害する為だけに田舎まで遠征してくる事はなかった。
あんなにもがんばったのだ。
あとは全力を出すだけだったのに、健康が取り柄だったのに、どうして大事な日に限って風邪を引いたのか、悔やんでも悔やみきれないだろう。

「えいと。」

遠夜は優しく声をかけて、えいとの布団に触れた。

「泣いているんですか?」

微かに鼻をすする音がして、遠夜は笑ってしまった。

「明日は卒業式ですね。勿論、出席させますよ。菊緒姉さんが楽しみにしていますから。」
「はっ、不良なんて来ねえ方がいいだろ。」

えいとの声は泣きそうだ。

「日頃の行いが悪いから試験当日に風邪なんて引くんだ。…どうせこうなるってわかってたのに、長い間勉強の邪魔をして悪かったな。」
「風邪を引いたのは勉強のし過ぎでしょう。どうせ僕と会わなかった一カ月、寝る間も惜しんでたんじゃありませんか?よく、がんばりましたね。」

「邪魔」「あとは一人でも大丈夫だ」
それらの本当の意味は「無理に付き合わせて遠夜の体調を崩させる訳にはいかない」という事を、遠夜は感じていたし、次郎からも聞いていた。

「君は頭の中身は不良でも、性根は腐っていないでしょう?」

遠夜はベッドに腰掛け、えいとの布団を撫でた。
えいとの手に力が入っていないので布団を少し捲り、頭を撫でた。
えいとは遠夜に背を向けているが、拒絶はしていない。

「髪、切ってねえし。」
「切って欲しくないのでそのままでいいです。」
「先生に怒られるだろ。」
「身嗜みに関しては菊緒姉さんに任せて下さい。」

振り返ったえいとの目元は真っ赤になっている。

「ほら、泣き止んで。この辺りで伝説の不良がそんな顔で卒業式に出たら、示しが付きませんよ。」
「だから、別に出なくてもいいっつってんだろ。」

遠夜はえいとの目元を優しく拭う。
乾いた涙が痛々しい。

「この卒業式は大切な儀式です。君を不良にした環境からの卒業です。奴等に目に物見せてやりましょう。」

遠夜の指先が湿る。
えいとはまた遠夜に背を向け、布団を被った。

 

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