曖昧な僕ら。
□変態様のお気に入り
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「これでよし、と」
よぉ。Aだ。
丁度今、リビングの床に転がる屍、もといBの顔に落書きしてたとこだ。
前髪を括ってるお陰で書き易い額にでかでかと「バカ」って書いてやった。
ああ、もちろん油性ペンだぜ。抜かりはない。
何でBが寝てるか?
それがよー、この野郎久しぶりに酒の相手をさせてやったらこの有様だ。
全く。たかが酎ハイの1、2本でダウンしやがって。どんだけか弱いんだクソガキが。
これじゃあ何時になっても飲み比べなんてできやしねぇ。
「もう、勘弁して…うぅ」
「あぁん?…んだ、寝言か」
寝返りを打ちながらごにょごにょ呟くBの頬を、人差し指で凹むくらいむにむに突っついてやる。…にも関わらず、起きる様子は見られない。気持ちよさそうに寝息を立て眠っている。
せっかくの悪戯も玩具の反応がなければ何も面白くない。
俺はBの隣に胡坐をかいて座り、胸ポケットからタバコを取り出して火を点けた。
「……んー…」
Bの間抜け面に向かって、ふーっと煙を吐き出してやれば、Bはたちまち不快そうに眉を顰めた。が、まだ起きない。
面白がって何度か繰り返していると、Bは咳き込みながらついに目を覚ました。
「ゲホッ、ゲホッゴホッ…おぇ、喉痛い頭痛い煙草臭い」
「目覚めはどうだガキんちょ」
「…最悪」
口元を押さえて咳をしながら起き上がるBに正面から最後の煙を吹き掛けてやった。
煙が目に染みたのか、涙を浮かべて上目遣いに俺を睨み付けてくる。
だから涙目で男を見上げるなと何度言ったらわかるんだ。
まぁそんなこと言ったってどうせ「あんただけだ」とか言われるんだろうが。
「あー、頭痛い」
「お前さ、酒弱すぎ。酎ハイくらいで潰れんなよ」
「んなこと言われたって弱い物は仕方ないじゃん。大体Aがアホみたいに強すぎるから誰も一緒に飲めないんだって」
「誰がアホだって?もう1本飲むか?ん?」
「ごめんなさい、言葉を間違えました。みたいじゃなくてアホでした」
「売られた喧嘩は安く買うぜ」
「いや、遠慮しとく。勝てる気しないし。ちょっと目覚ましに顔洗ってくる」
「おう」
Bはまだ完全に酔いが覚めていないのか少しふらつきながら立ち上がると、ゆっくり洗面所へ歩いていった。
俺はその後ろ姿を見届けつつ、2本目のタバコに火を点ける。
「ぎゃー!何これ!」
煙をぶつける相手がいなくなったので適当に吐き出していると、ほどなくして洗面所からBの悲鳴が届いた。
涙声で「取れないー…」なんて嘆きが聞こえてくると、思わず俺の口元が弛む。
数分後、油性ペンと格闘し見事に敗北したBが泣きながら走って戻ってきた。
「これ落ちないじゃんかー、どうしてくれんのAのアホー。うわーん」
「酔いは覚めたか」
「……お陰様で」
ぐすん、と鼻をすすりながら、手鏡を見てウェットティッシュやら食器洗剤やらで顔にかかれた落書きを落とそうとする。
俺はタバコをふかしつつずっとあの手この手で頑張るBを見ていた。
「ダメだ…綺麗に落ちない…。こんな顔でバイトに行けない。僕もう死にたい」
「……」
思い付く限りの手は試してみたが全て効果が見られなかったようだ。
Bは肩を落としテーブルに突っ伏して完全に落ち込んでいる。
はぁー…、仕方ねぇな。
手を貸してやるか。
咥えていたタバコを灰皿に突っ込んで立ち上がり、リビングに面した隣の部屋へ向かう。
クローゼットを開くと、Bによって綺麗に片付けられた服を雑に掻き分け始めた。
確か、あの上着に入ってたような。…あった。
「おいアホ」
「何だよアホ」
「ほらよ、これで洗え」
「…何これ」
突っ伏したままのBの頭上にピシッとそれを叩きつけてやると、渋々顔を上げて投げ付けられた物体を受け取った。
「クレンジングオイルだ。それで馴染ませりゃ落ちるだろ。多分な」
「ふぅん。何でこんなもん持ってんの?」
「知るか。どうせ女が入れて忘れてったんだろ」
「あぁ。これラブホのでしょ。使いきりだし」
「いちいち覚えてねぇよ、俺は使わねぇし。いいからさっさと落としてこい」
「はいはい。ったく、誰の所為でこんな目に…」
「あん?」
「アホA!肌荒れしたら薬用クリーム買って貰うからね!」
新しい煙草に火を点けながら横目でBを見やると、ベーッと舌を見せて洗面所へ歩いていった。
俺はついに我慢できず、Bに聞こえないよう小さく笑いを漏らす。
怒られているというのに笑えるなんて、俺は最低な奴だなとつくづく思う。
頭ではわかっていても、これが楽しくて仕方ないんだからどうしようもない。
止めろなんて言われてもそう簡単には止められないのだ。
Bへの愛ある苛めは、最早俺の趣味なのだから。
(お陰で毎日忙しい)
変態様のお気に入り
(て言うか油性は止めてくれない?)(何で?)
(何でって落ちないから!)(嘘付け、ちゃんと落ちただろ)