曖昧な僕ら。
□遭遇
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まあ仕事くらいは食っていく為に仕方がないとして、いろんな事がどうでもいいから最近はめっきり急く事なんてなかった。
仕事でどれだけ疲れても帰宅なんて渇望するものじゃない。
でも今日は別だ。
どうでもよくない現象がどーでもいい人生を横切った。
久し振りに楽しい事があるかもしれない。
これを見逃す事が出来ようか、否、出来まい。
足早に公園に戻り、仕事前まさに<未知との遭遇>をした自販機を通り過ぎる。
少年が消えた林に入り、その先で噴水を見つけた。
「…まさかな。」
嫌な合点を頭を振ってなかった事にしようとするが、噴水にはまだ若干泡が残っていて少年の言う風呂が確定してしまった。
「なんだ、ただのホームレスか。いやプチ家出か?…なんでもいいや。つまんねー。」
期待した面白い事にはならなそうだと、肩を落とす。
しかし少年を探すのはやめない。
財布を拾ってくれた礼にそういえば浮き出ていたアバラをどうにかしてやっても良いかな、と思う。
幸い金には困っていない。それに、
「…どっかで見た事あんだよな。」
記憶を探るがちっとも思い浮かばず、短くなった煙草を落として新しい煙草に火を点けた。
考えながら公園を歩き回り、遊具広場に出た。
普段若いママさん達が子どもを見守りながら何かしら熱く語り合っているだろうベンチに新聞紙の山が出来ていた。
泡が乗っていた頭は今はボストンバッグの上に乗せられ、更にその上に乗せられた新聞紙は呼吸によって規則的に上下している。
少年の握る赤いフレームのセル眼鏡を見て ピン ときた。
「ああ、こいつあん時の。」
あん時にしろ今日にしろお節介な奴だな、と思っていると寝ていなかったのか確かあん時しっかり名乗った少年が目を開けた。
「どちらさまですか?」
眼鏡をかけ落ちる新聞紙を気にもせず起きあがった少年は、半裸ではなく よれよれ のシャツと着た切り雀であろうジーパンを着ていて、素足を下ろし ボロボロ の靴に足を突っ込んだ。
「ああ、財布を落としたおじさんか。」
「誰がおじさんだっつの。おにーさんだおにーさん。」
「そういうのを主張する人って大抵境界線上なお年頃なんですよね。どっちでもいいじゃないですか。」
「生意気な口聞くじゃねえか。それよりガキがこんな時間にこんなところで何してんだ?」
「僕はガキじゃないです。もう1…20歳なんですから。」
「そういうのを主張する人って大抵境界線上なお年頃なんですよね。どっちでもいいじゃないですか。」
「む!」
拗ねた顔をより拗ねさせて上目で睨んでくるお子様に意地の悪い笑みが浮かぶ。
「で?何してんだ?」
「……………………キャンプです。」
「ぶっ!くくくっ!」
吹き出し腹を抱えて笑ってやるとお子様は自分でもそれはなかったと思ったのか頬を赤くしてそっぽを向いた。
その隣に座るとあからさまな嫌な顔を向けられた。
「ちょっと僕の布団踏まないでくださいよ。」
「あ、悪りー悪りー。」
座った拍子に落ちた布団をぐしゃぐしゃ踏みつけてやれば涙目でうろたえ、今度はその目でキッと睨み上げてくる。
「何するんですか!」
怒鳴る為に開けた口に煙を吐き出してやると案の定お子様は咽て咳き込んだ。
ニヤニヤ笑いながら見下ろすと案の定腹を押さえて唸り始めた。
「ん゛んっ!げほっ!ぅ…ッ!」
「空腹で咳すると苦しいよな。」
「わかってたんならしないでくださいよ!!」
「何日食ってねえんだ?」
「…4日?」
もうぐうの音も出ないほど腹が減っているのは手で押さえた服の上からでもありありとわかる。
以前見た時のまだ幼い故に丸みがあった頬は見る影もなく、押さえた手も運動部然としていたのに今ではネットとの出会いにより登校拒否になって職員室で思い出した頃にちょっとした話題になる地味な問題児という感じにか細い。
「シャンプー石鹸買うくらいなら飯買えば?」
「僕は人間に生まれたからにはできる限り飯より清潔を選ぶ。」
「…変わった奴。」
そうそう、こいつはそんな感じだった。
喉で笑い額に手をやる。
よく見ればよれよれでも服はちゃんと洗濯されていて噴水でアナログに洗っているところを想像してもっと笑える。
俺のニヤニヤ緩む顔に比例してお子様の不機嫌が加速する。