曖昧な僕ら。


□AとBの恋バナ
1ページ/3ページ


時刻は午前二時半。
都会に近いそれなりに交通の便の良いマンションの、エレベーターで暫く上がった階にある見晴らしの良い角部屋。

玄関の扉を開けば右手に風呂とか、左手に八畳洋間その1。
五歩でダイニング、その左手に六畳洋間その2。

築年数も割と新しい好物件に、金髪虹彩異色症の髭を剃って黙っていればかなり見目麗しい男が少々くたびれた様子で帰宅した。

ダイニングに移動させたソファに上着を放り投げ、引き戸で仕切られた、かつてはリビングとして使っていた洋間その2を見て眉を顰める。
寝る以外は開け放たれている事の多い同居人の部屋の扉がびっちりと閉められていた。
そのくせ僅かな隙間から負のオーラが駄々漏れている。

「なー。腹減ったんだけど。」

扉に声をかけるも返事が無い。
仕事を終えたのが同居人のバイトが終わる頃でもあり、早く飯が食いたくて真っ直ぐ帰って来たのだ。
この様子だと希望が絶たれた事は間違いない。
生意気な、ふらりと帰って来るのはいつもの事なのだからいつもの様にさっさと飯の用意をしろと、少々乱暴に引き戸を開ければ部屋の中は真っ暗だった。
その中で同居人は新聞紙 on the 公園ベンチの代わりに買ってやったベッドの更に布団の上で、壁を向いて膝を抱えて座っていた。
外され適当に放られた愛用の眼鏡が何とも言えぬ哀愁を醸し出している。

「…何。数日俺に会えなくて流石に寂しかった?」

「んなわけないだろ。むしろなんで今日帰って来るんだ。Aの馬鹿。」

同居人は確かに若いが、今の涙に濡れた声は若さを通り越して幼い。
Aは拗ねたお子様の隣に胡坐を掻き、鍛えていてもまだ細く頼りない肩に側頭部を乗せた。

「何か遭ったのか?」

「…。」

「…B?」

答えようとしないBに、Aは囁く様で有無を言わさない強さで名を呼ぶ。
暫くしてBは戦慄く唇を開いた。

「…彼女に振られた。」

「んなの居たの。」

「僕だって23だ。居てもおかしくないだろ。」

「いつの間にか歳だけ食っちまいやがって。」

少々感傷に浸るAは煙草に火を付け、深く吸い込む。
煙草を嫌がるBは溜め息がてら、Aの吐き出した煙を遠くへ吹き飛ばした。

「僕の何がいけなかったんだろ。」

「そういう所じゃねえ?」

「?」

顔を上げたBは頬をくすぐる金髪をまじまじと見つめる。
視界の端で、灰が落ちない様上に向けられた煙草が呆れた様に振られる。

「おまえ、その女に本気じゃ無かっただろ。」

「Aと一緒にしないでくれる?」

「付き合って何カ月?」

「…まだ3週間?」

「はっ、惚れた女と付き合い始めて浮かれるおまえに俺が気付かねえとでも思うの?どうせおまえうざいくらいテンション上がるくせに。俺に殴られてやっと自制するくれえによ。」

「ちゃんと好きだったよ。」

「女は敏いし我儘だ。それじゃ足らなかったんだろうよ。」

「Aはどうして僕が悪い様に言うの?告白して来たのは向こうだよ?振ったのも。」

「別に。客観的事実を述べただけだ。責めてる様に聞こえたんならそれは後ろめたいからだ。」

む、とBがAの頭頂部を睨む。
Aは察して鼻で笑う。

「おまえは本気で惚れた女に振られたならそんな事考えられねえよ。俺と話してる余裕もねえくらい泣いてる。」

「初めての彼女に振られた時は泣いたよ。」

「コンビニバイトのあの子だろ?初めてだから浮かれてんだなとは思ってた。」

「次からの子も、告白して来たのはそっちなのに振るのもそっちだった。もう慣れただけだ。」

「俺の知ってるBはそんな賢い奴じゃねえ筈だが。」

「何、Aは傷心の僕に止め刺しに帰って来たの?」

「飯が食いたくて真っ直ぐ帰って来たんだ。」

「そんなに腹減ってるなら外で食べてくれば良かっただろ。」

「そうしたいならそうした。」

落ちそうな灰に気付き、Bは慌ててティッシュを数枚とって下に添える。
Aの長い指の先が優雅に振られ、灰が落とされる。

「Bだってそうだろ?」

「家でご飯を食べたい時もある?だから真っ直ぐ帰って来る?」

「俺もおまえも、本当に欲しいなら受け身じゃいられねえくらいには我が強いって事だ。」

「…我儘なAと一緒にしないでくれる?」

「坊ちゃん育ちの家出少年がよく言うぜ。」

「…。」

Aが煙を吸い、煙草が赤く光る。
その温かい色の光をぼんやり見ていたBの目が理解を示す。

 

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ