曖昧な僕ら。


□Xmas
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Aと過ごす最初の冬。

『田中君!太郎君!田中太郎君!!』

『あー、あー!聞こえなーい!聞こえなーい!』

田中太郎はコンビニでアルバイトする為の偽名だ。
本名を使いたくなくて履歴書の一番初めで行き詰まっていたのを見かねたAが、あっという間に何とかしてくれた。
何にする?って聞かれて即答したら呆れられたのはまた別のお話。

『恋人いないなら頼むよ!俺もたまにはXmas当日に家族を喜ばせたいんだ!!』

『…ぐう。』

ついに店長が抜いた伝家の宝刀に立ち向かう武器が僕には無かった。
仕方なく承諾したらまさかの(ちょっと遅めの)おはようから(下手すればおはようの時間の)おやすみまで入れられたバイトは苦痛だった。
何が苦痛って恋人がいないからっていう条件で入れられたバイト先に来るのは手と手を取り合う仲睦まじいリア充ばかりだ。
黙々と商品を陳列して黙々とバーコードを読み取って黙々と袋に入れて貼り付けた笑顔でお客を見送る。

「(虚しい、虚し過ぎる。どうして早く彼女を作るか友達とはしゃぐ予約を入れておかなかった自分。)」

お客が途切れる度、こう言う時だけ最高の計画性と容量の良さを見せるバイト仲間達の良い笑顔が頭を過ぎった。
楽しそうな店内の装飾やXmasソングが僕を励まそうとしている様な、嘲笑っている様な、…もう後者は完全に被害妄想だ。
なるべく予約したXmasケーキの事だけを考えて、夜にかけて更にヒートアップする恋人達を妬まない様に努めた。

「うおーッ!!メリークリスマース!!」

「ほんとごめんな、田中君!ありがとう!」

「メリークリスマース!!」

「…こ、今度何か奢るよ。メリークリスマス。」

待ちに待った終業時間。
店長に後片付けを全部押し付けて制服を脱ぎ捨て外へ飛び出す。
暖房と不満で逆上せた頭に刺す様な冷気が心地良い。
少し冷静になれた。
ケーキを受け取って少し遠いけど歩いて帰る。
その為に今日、正確には昨日は愛車(自転車)に乗って来なかったのだ。
労働法を軽く無視した長時間の立ち仕事を終えた足はとても重いけど気分は軽い。

「こんな時間に出歩いてたら本物のサンタさんにばったり出くわしそうだな。」

煙突から侵入するらしいので気持ち目線を上に、思い付くXmasソングの鼻歌を歌って帰った。

「ただいまー。」

「おう。」

「あれ?A、居たのって!?」

リビングに入って早々異形が目に入る。

「うをわあ゛ッ!?」

「おいおい、Xmasってそんなイベントじゃねえだろ。」

ちょっと派手な泥棒か変質者を撃退すべく武術を学んだ身体が勝手に反応、少林寺拳法の型を取ってくれた。
しかしよく見るとそれはよく見知った人物で、型から力が抜けて行く。

「いやいや、Aこそ何のつもりだよ?何その格好。」

「見てわからねえ?」

そう言うAの格好は真っ赤な服に真っ赤な帽子。
ソファに踏ん反り返り煙草を吹かしている。
無精髭は勿論白くない。

「返り血で染まったの?」

「サンタってそんな設定あんの?」

「…いや、A限定。」

一応これでもサンタのつもりらしい。
こんな不良サンタ、初めて見た。
子どもが見たら絶対泣く。
迷い込んだ楽屋裏でヒーロースーツを中途半端に脱いだおっさんが煙草吹かしてるところに遭遇した時と同じ涙を流す。

「ていうかそんな格好でこんな所で何してんの?お世話になってる女の人の所に行かなかったの?」

「Xmasっていやあサンタが良い子にプレゼント渡すイベントだろ?世話んなってる奴に何かすんのはオチューゲンとかそういうのだった筈?」

「まるで駄目な大人お中元ぐらい漢字知っとけしかもそれ夏だし今の時期はお歳暮ってんだ覚えとけ。Xmasについてはまあそうだけど、家族とか仲の良い友達同士とか恋人同士がプレゼント交換して飲んで食べてはしゃぐイベントでもあるじゃん。」

「へえ。」

「へえ、って。」

何この不良サンタ、Xmasが何か知らないの?
一応サンタのくせに大丈夫か。

「なあ、おまえの反応から察するに俺何か間違ってんのか?」

「もしかしてそれって見よう見まね?誰かに何か吹き込まれた?」

「俺の質問に“はい”か“いいえ”で答えろ。」

「何か色々惜しいからそれは難しい。」

「…ちっ。」

やっぱりこの人、Xmasってイベントに慣れていないって言うか興味無いって言うか、なんていうか、とにかくXmasを楽しんだ事が無いんだ。
確かにAがXmasにはしゃいでるところなんて想像出来ないけど、この無精髭おっさんにも当然可愛い頃があった筈だ。
昔話をする間柄じゃないから詳しい事は知らないけど、逆算すると金髪癖っ毛のそれはもうリアル天使の様に可愛い頃があった筈だ。
どういう育ちをしたんだろうと、心底心配になる。
そしてそんなおっさんが何故今この時この僕の為になけなしのXmas知識を披露する気になったのか、心底不思議だ。

「それはそうとサンタさんがいるって事はバイトを終えた良い子の僕にプレゼントがあるんじゃないの?」

「中途半端サンタのプレゼントは気分次第だ。」

すっかり拗ねてしまった不良サンタにケーキの箱を掲げる。

「大奮発して6号のケーキあるよ?シャンメリーも買ってあるし。」

「シャンパンじゃねえのかよ。」

「そういうとこだけまともなXmas知識があるんだね。でも僕、お酒苦手だもん。Aはビールでも飲めば?」

「…。」

甘い物で釣る作戦は失敗してしまった。
そういえばなんで拗ねたのか思い出した。

「じゃあ枕元に靴下下げとくよ。僕はこれからお風呂入って直ぐ寝るからその間にプレゼント入れといて。これで中途半端じゃないだろ?」

「靴下に入れんの?」

「そういうイベントなの。街中に靴下飾ってあるだろ?良い子限定で欲しい物を書いた紙を入れとくと、サンタさんがこっそり夜中にやって来て、朝子どもが目を覚ましたらプレゼントが靴下に入ってるか靴下の脇に置いてあるっていうのがセオリーなんだ。」

「なんで靴下?」

「そこまで知るかググれ。」

「…。」

あ、やばい。
また不良サンタの機嫌を損ねてしまった。
ああ、鬱陶しいなこの不良サンタ。
何がしたいんだこの不良サンタ。
一応サンタならさっさと良い子の僕にプレゼント寄越せ。

「全くもう、しょうがないな。ちょっと借りるよ。」

 

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