曖昧な僕ら。
□AとBの拾い物
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「じゃ、お疲れ様でしたー」
貴重な休日を返上しヘルプで入った久しぶりの昼勤を開け、バイト先のコンビニを出て帰路に着いた。
いつも真っ暗な帰り道は眩しい位の日差しで思わず目を細める。夜型の僕にとってこの明るさはなかなか目に優しくない。
さっさと帰って遅めのランチでも摂ろう。相棒もといAに買ってもらった自転車の漕ぐスピードを少し早めて家路を急いだ。
近道をしようと公園を横切る際、目に付いた人影。小さな女の子がベンチに座って一人俯いていた。外見から判断するに、おそらく五歳ぐらいかと思われる。平日の昼間、この時間ならば、この年頃の子どもが公園にいたっておかしくない。でも周りには母親らしい人も見当たらないし、何となく放っておけない雰囲気だったので近くに自転車を停め傍に歩み寄った。
「こんにちは。君一人?おうちの人は一緒じゃないの?」
「……」
声をかけると女の子は僕の顔をじっと見つめたあと、こう言った。
「ママと喧嘩して、家を飛び出してきたの」
――――――――――。
「ただいま」
「遅い」
玄関の扉を開けて帰宅を告げると、同居人である三十路手前のおじさ…じゃなかった。Aが開けっ放しのリビングの扉の向こうから不機嫌そうな声を投げた。
あの人の機嫌が悪いのは特に大したことでもないので返事はせず家にあがる。
「ねえ、暖房つけてるなら扉閉めなよ勿体無い」
「あ?家全体が暖まっていいだろ」
「全体が暖まったところでAはそこから一歩も動かないでしょ」
「動く必要ねーもん」
ソファにだらしなく座るAを見て、さらにテーブルの上に散らかったゴミやらゴミやらゴミを見てため息を吐く。この男はつくづく僕の仕事を増やしてくれる。
「ところでA。話があるんだけど」
「あ?俺は今忙しい」
「はいはい。煙草を吸うことに忙しいなんて冗談はいいから僕の話を聞け」
「んだよ煙草ぐらいゆっくり吸わせろっての。で?話ってなん……」
ソファに身を預けたまま仰け反るように首だけでこっちを振り返ったAは僕を見て、と言うより正しくは僕の斜め後ろに立っていた女の子を見て言葉に詰まった。
珍しく目を見開いた真抜け面のAに吹き出しそうになる。が、いつの間にかソファを跨いで僕の前に立っていたAに煙を吹きかけられてむせた。
苦しそうな僕なんてお構いなしに、Aは興味津々といった様子で僕の後ろにいる女の子へ視線をやったまま言う。
「お前にこんな可愛らしい知り合いが居たなんて知らなかったな」
「違う。今日が初対面。この子が公園に一人で居たから声をかけ…あ、待って、電話だ」
カバンに無造作に突っ込まれていた携帯が鳴り響いて説明は中断。女の子を真顔でじーっと見つめるAの頭を軽く叩き電話に出た。
「もしもし―――え?はい。わかりました。すぐに向かいます」
「仕事か?」
電話を切るとすぐにAが言った。僕はそれに頷いて応える。
「トラブルがあって従業員じゃどうにもならないから僕が行かなくちゃならない。……凄く不安なんだけどこればっかりは仕方ないから、少しの間その子の事はAに任せた。すぐ終わらせて急いで帰ってくるから、僕が戻るまで一緒にいてあげて。何もしないでよ?いいね?」
「馬鹿言え。女の子は好きだが子ども相手に何かしようなんて気は起こさねえよ」
「起こされても困るんだけど。その外見でロリコンとかやめてよシャレになんない」
「誰がロリコンだクソガキが。いいからさっさと行って帰ってこい。ま、そういうわけだから、嬢ちゃん。俺と留守番してようか」
「……」
女の子はAの目を見て、こくん、と頷いた。
Aが女の子に手を出さないとしても、散らかすことしか出来ないダメ男と長く居させるのは女の子に毒だ。ここでゴタゴタ言ってないでさっさ用事を済ませて戻ってこよう。
僕は置いたばかりの荷物を持って家を飛び出した。