曖昧な僕ら。


□仮称千隼自称C
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「金を出せ!」

言わんでもわかるがな。
他に何出せっちゅうねん。
汚いケツ出されても嬉しないやろ。
関西人の血が騒ぐけど、今は笑いをとっとる場合とちゃう。
ビビりまくったバイト君が震える手でレジを操作する。
あんまり目立つわけにもいかへんで誰も傷付かんなら傍観や。

「ちょっとそこのお客様。他のお客様にご迷惑なので止めてもらえませんか?」

「ああ!?」

ああ。
事が動いてしもうた今、止めるべき人間がおった事を完全に忘れとった。
俺の心の天使は天使の名に相応しい綺麗な魂を持つ子やった。
慎重に近付いて行く天使に強盗が包丁を向ける。
これは目立つ目立たんとか言うとる場合やない。
勿論天使の身が心配っちゅうのが一番やけど、もし俺の目の前で天使が掠り傷でもしようもんなら、この天使を捕まえた幸せ者にマジで殺される。

「どんな理由があるのか知りませんけど、他人を巻き込むのはよくありませんよ。」

「うるせえ!餓鬼が偉そうな事言ってんじゃねえ!」

煽ってどないすねん、マイエンジェル!
強盗が天使目がけて包丁を振り被りよったで動いたけど、次の瞬間には足が止まってもうた。

「せいッ!」

天使は強盗の包丁を交わし、その腕を掴んで背負い投げ床に叩き付けた。

「冴えない眼鏡君だからって嘗めないでよね。」

決め台詞まで付けて惚れてまうやろー!とか思てる場合やない。
一瞬制服が捲れて見えた白い細腰と腹筋に生唾飲み込んでる場合やない。
その制服、素肌の上に着てんのや、なんかやらしいね、とか思てる場合でもない。
何食わぬ顔で周りの客に混じって天使に拍手を送る。

「警察呼ばなくちゃ。」

「流石ッス!田中さん!!」

もう一人のバイト君がカウンターを乗り越えて天使に抱き着きよった。
何くそ俺みたいなべっぴん差し置いて何おんどれみたいな不細工が天使に抱き着いとんねん。
天使嫌がっとるやろ、そこ代われ。
とか悔しがっとる場合でもなかった。

「ド畜生が!」

悪態とともに強盗が立ち上がり、咄嗟にバイト君を庇う天使をナイフで威嚇して出口に向かって走り出した。
これはこれでもう誰も傷付かんでええかと思てたら、出口付近でATMで金を下ろそうとしとった客から丸出しの財布を奪い取って出て行った。
最後まで胸糞悪いやっちゃな。
街中にある防犯カメラにハッキングしてでも警察より先に犯人特定したる。
ほんで掲示板で晒したる。
そんで俺はまた忘れとった。
事が動いてしもうた今、止めるべき人間がおった事を。

「コラびぃ…ッ、田中君!」

天使が呼んだくらいで止まるわけがない。
本名呼んだろかいな、いやいや天使にそんないけずしたらあかん。
強盗を追いかけて行った天使を追いかけた。

 

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