曖昧な僕ら。


□本人の与り知らぬ所で
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立地とあまりの怪しさと明らかにおかしい営業時間。
間違って入って来る一般人はまずいない、廃れた喫茶店。

ずっと後ろを取ったままの男に首根っこを掴まれ引き摺られる様に連行されたAは、最後にカウンター席に放られた。
カウンター内で自分の飲み物を作っていた、ピシッとスーツを身に纏った美女、恵麻(エマ)はAの背後の男に驚いていたが、Aは放られた事も特に気にせず、恵麻に酒を要求した。
胡散臭げな恵麻は無言で酒を二人分用意し、自分のカップを持って少し離れた席に腰をかけた。
苛立たしげではあるが腕を組んだ事で恵麻の豊満な乳が寄せられ、男共の目が引き寄せられる。
しかし、恵麻は咳払いと眼鏡をかけ直すと言う仕種で簡単に男共を諌める事が出来る。
恵麻が常備している指導鞭の恐ろしさを、男共は既に身を以て知っているからだ。

「おかえりなさい、ボス。ふらっと消えたまま何か月ぶりかしら。」

「せやで、親父。あんまり音沙汰無いもんで、今度会うんは葬式で遺影やと思っとったわ。」

姿は見えないが、恵麻に賛同する千隼(チハヤ)の声に、ボスと呼ばれた男は渋面を作った。

「連絡入れてるだろ。」

「あれしろこれしろ、挨拶も無い仕事の内容だけの簡潔なメールは連絡とは言わないのよ。」

「今時機械の自動送信でもテンプレで挨拶ぐらい入っとんで。」

「…。」

ボスは千隼の位置を突き止め、空の灰皿を投げた。
頭にぶつかれば大惨事確定のガラス製の重厚な灰皿が、回転の勢いと速さを乗せ、正確に標的目がけて店内を縦断。
端のテーブル席のソファに寝そべっていた千隼は、億劫そうにマネキンと見紛う美しい手を上げ、難なく灰皿を掴み取った。

「俺、煙草吸わんで要らん。」

「相変わらず可愛気のねえ。」

「俺らに可愛気とか求めとったん?初耳やわ。別に捻り出したってもええけど特別手当出してな。」

今度は千隼からボスに向かって灰皿が正確に飛ぶ。
無視をしようとするボスにAは煙を吐き出すついでにアドバイス。

「割った奴が自分で掃除だからな。」

Aの煙草を持つ手が恵麻を示した。
ボスは恵麻の黒い笑顔に気付き、慌てて受け取った。

「え、俺ここで一番偉い人だよね?」

「まあそうだけど、幽霊部員ならぬ幽霊管理職って感じかしら。たまに顔出されても上司って実感が湧かないのよね。」

「いや、でも給料くれる奴は偉い奴だろ。」

「俺らの給料は親父に支払われる経費のうちの雑費やで?正確には親父の金やあらへん。」

「じゃあやっぱり敬う価値ねえな。」

部下達の間で勝手に纏まった意見に、ボスの頬が引き攣る。

 

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