曖昧な僕ら。
□どんな気持ちで、何を、ここで
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そんな事をぼんやり考えながら教室へ向かっていたら、件の下の兄からの着信だ。
2コール以内で取る。
でないと家に帰って物理的に苛められる。
加減を知らない彼とのじゃれあいは、彼を傷付けてしまいそうで怖くて未だに勝てない。
「もしもし?」
『迎えに来い。』
「何処に。」
『どっかの漫喫。昨日その辺の奴等とはしごしてたら飲み過ぎちまって流石に記憶がねえ。ここ何処だ?』
「もー、また知らない人と飲んでたの?GPS使えば?それかシャー君呼べば?」
『家に連れてかれんじゃねえか。』
「家に帰りたいんじゃないの?」
『遊びに行こうぜ。兄ちゃんが面白いとこ連れてってやる。』
「相変わらず元気だね。でも僕、ぷー太郎と違って忙しくて今から授業なんだけど。」
『授業なんかより楽しいに決まってんだろうが。』
「いや、そうだろうけどね?」
『ガタガタ言ってんじゃねえよ。さっさと迎えに来やがれ。ボコんぞ。』
「いやいや、だから何処だっつうの。その場に居る当事者よりわかるわけがないでしょうが。」
図書室に行って使い慣れた地図を開く。
下の兄に呼び出されるようになって、この辺の地理にかなり詳しくなったけど、自由奔放な下の兄はその範囲に収まってくれないので、卒業するまでにこの地図を暗記する事になるかもしれないとか思ったら、冷や汗が垂れた。
駄目だ。
僕が彼の完全なる下僕となる前に早くこの支配から逃れよう。
まずは防犯カメラで守られたこの学校から逃れる為に、使い慣れたいつもの人気の無い西の森の裏口に向かう。
『あそこにも防犯カメラあるじゃん。』
『あそこにゃ写真がぶら下げてあんだよ。誰が通ろうとバレやしねえ。』
『…双葉兄さん、防犯って意味わかってる?』
『俺っつー問題児が大人しく下校すんのも防犯、だろ?』
『…。』
中高一貫だけど、広大な敷地の中で中等部と高等部の校舎は林で隔たれている。
あと彼とは3才、年も離れている。
色々被らなくて本当に良かった。
僕に彼の素行の影響があるとすれば、それは世間的には妾の子が意地悪く怖い先輩方に絡まれない事くらいだろうか。
彼の素行は一つも感心出来ないけど、感謝はしている。
「…僕も共犯か。」
木の葉に上手い事隠してある写真を見上げて、溜め息を吐いた。
電車とバスを乗り継ぎ、辿り着いた先。
少し小柄で身形の良いイケメンを見つけた。
煙草がこれでもかという程似合わない、母親譲りの童顔で僕より少し小さい彼は、ガワだけならよくモテる。
行き交う女性の目が向けられるけど、ガン飛ばしてんじゃねえよとばかりに睨み返して、本当にこの人残念極まりない。
「おっせーぞ、巳鶴!って、何で制服でこんなとこに来んだよ。馬鹿かおまえ。」
「…今日は一日普通に授業受けるつもりだったんだもん。それに急いで来ても怒られるくらいなんだから当然、着替えに戻る暇もないでしょ。」
「なんか俺に文句あんのか?」
「文句言ってんのは双葉兄さんだろ。」
シークレットブーツを履いた双葉兄さんは、僕より少し背が高い。
思いっきり頭突きを喰らわせてきた。
本当、この人残念極まりない。
「しゃあねえ。服買ってやっからついて来い。」
「は?迷子についてけって?」
「タクシー呼べば良いだろ?」
「最初からそうしろよ!」
呼び出されたタクシーの運転手さんがまずした事は、いかがわしい街で柄の悪い男の隣で蹴られた鳩尾を押さえて蹲る超名門私立校の生徒の心配だった。