曖昧な僕ら。


□初めての
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B面


珍しく交代で入ったコンビニの昼勤。
昼は洗濯物が心配だから早く帰りたいと主張すれば、店長はあっさりと承諾してくれた。
放課後の学生達のビッグウェーブを終え、仕事帰りの社会人の波が来る前に夜勤組と交代だ。

「そだ、田中さん。」

「んー?」

久し振りに一緒に入ったフリーターの彼は、駆け出しのミュージシャンなだけあって、格好良い。
髪色がやんちゃだけど爽やかで良い子だから、いつかテレビに出て欲しいなと真剣に思う。
それはこのコンビニ仲間のみんな同じで、店長さえも時間が合えばライブのチケットを買って応援しに行っている。

「これ、今返って来たんですけど、田中さんも良かったらどうですか?」

「…へ?」

だから、一瞬。
そんな爽やか少年が僕に差し出している物を理解出来なかった。
シャツを脱ぐ為に眼鏡を取ってはいるけど、薄ぼんやりとわかる。
こんなにでかでかとした肌色とけばけばしいピンクのコラボは、大抵あれだ。
だからこそ、爽やかな少年とそれが結び付かなくて、理解が出来ない。

「(この子は何をしているんだ?罰ゲームか?)」

僕が見えない振りをしていると、優しいイケメンはロッカーに掛けていた僕の眼鏡を取って掛けてくれた。

「ありがとう。」

「ははっ!やっぱ田中さんも男ですね。」

「はは。」

今の感謝は眼鏡を掛けてくれた事に対するものだったけど、彼は僕の鞄にそれを突っ込んだ。
ってゆうかやっぱってなんだ。
彼にとって僕は男らしくないのか。

「田中さん、その瓶底眼鏡取ると可愛いのに絶対勿体無いですよ。今日の失礼な女子高生達に見せてやりたかったなあ。」

「…。」

可愛いとか、僕よりも年下の子に言われた。

「良い眼科知ってるんで、一回コンタクト試してみませんか?せめて薄型レンズにしません?」

「いい。」

あ、少し突っぱねた様な言い方になっちゃった。
せっかくのイケメンが、誰もが知ってる顔文字みたいな、怒られた子犬みたいな顔になった。
可哀想で見ていられないし、シャツを着なければいけないので、件の眼鏡を外す。

「この眼鏡、掛け慣れてるし。別に顔なんて気にしてないし、女子高生に興味無いし。知り合いがこの顔を知ってて、気に入ってくれてたらそれで良いし。」

「―――田中さんッ!」

シャツから頭を出したら、何を思ったのかイケメンが思いっきり抱き着いて来た。
狭い控室で折り畳み机の角でお尻を打った。
痛い。

「俺!田中さんと結婚したいっすーッ!」

シャツから手が出せないから、すべすべの頬っぺで頭に頬ずりして来るイケメンを突き離せない。
なんか大っきい犬みたいで可愛いから良いけどね。

「それより時間、大丈夫?」

「ハッ!?あ、これロッカー入れてくれといたら良いですから!」

このイケメンはこれから居酒屋でバイトだ。
急いで身支度を整え、伊達眼鏡を掛け、手を振り、投げキスをして、扉をちゃんと閉めずに駆け出して行った。

「はあ。どうしよう。」

それはイケメンからのプロポーズに対してじゃない。
半開きの扉でも無い。
イケメンが鞄に突っ込んで行ったこれの事だ。

 

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