曖昧な僕ら。
□迷探偵
1ページ/5ページ
すっかり日は落ちたが、街は街灯やネオンで明るい。
Aは逃げる様に路地を選んで歩く。
今日日、明るい世界では歩き煙草をしているだけで人目を集め、陰口を叩かれる。
隣にBが居ればちょっかいをかけるなりしてニコチン欠乏症をやり過ごせるが、今夜は特にそうもいかない。
普段より多めに煙草を消費しながら、目的の為に機械的に足を動かした。
「やあ、玲(アキラ)。いや、A。」
街の光も届かない、窓も無いビルに囲まれた路地裏。
Bと似たり寄ったりな背格好の男が片手を上げている。
スマホの液晶が、存在だけで詐欺行為である童顔をライトアップしている。
Aは露骨に顔を顰めた。
「うぜえ。テメエがAって呼ぶな。」
「うわ何その二人だけの呼び名みたいな!超妬ける!」
スマホを振り回し地団駄を踏む良い歳こいた男から一旦目を逸らしたAは、溜め息を吐いて視線を戻した。
その目は冷たい。
「で?」
「流石は君の天使だ。なかなか優秀な番犬が付いているよ。」
「誰が誰の天使だ。そりゃ千隼(チハヤ)の馬鹿の妄言だ。」
スマホをポケットに仕舞った男は、手をそのままに話し続けた。
「その番犬の名前は鮫島(サメジマ)八尋(ヤヒロ)31歳。切れ長の瞳がそそる、綺麗な顔の男だよ。今はもし、街中でB君と擦れ違っても気付かれて逃げられない様に、茶髪にしてるのが残念だけどね。」
「テメエの感想はどうでもいいんだよ。何者だ、そいつ。」
新しい煙草を咥えたAは、残り少ない事に気付き ぎょっ とした。
ニコチンが足りている間に話が終わる事を祈った。
「B君の二番目のお兄さん、双葉(フタバ)君が中学生の時に街で拾ったチンピラだよ。」
「あいつんちが変わってんのは知ってたけど、…相当だな。」
「流石。母親は違えど兄弟だよね。」
Aが頷き、暗い路地で煙草の火が上下する。
男は楽しそうにそれを見た。
「それがそのチンピラ。なかなかの逸材でね。親に反抗して家を飛び出したその元少年は、実は良い所のお坊ちゃんだったんだ。ただのチンピラと違って教養があって何処か品もある。好感が持てるよ。」
「だからテメエの感想はどうでも良いっつってんだろ。そいつがどう厄介なんだ。」
「そんな彼はB君にシャー君と呼ばれ、かなり慕われていた。そしてそのシャー君はシャー君で、可愛気の欠片も無い双葉君よりも可愛さ満点のB君に内心忠誠を誓ってたわけだ。」
Aが煙を吐き出す。
それは細く長く、呆れてものも言えないと表していた。
男は小さく笑う。
「双葉君が釘を刺しても、その上には長兄稀一(キイチ)君が居る。現在実質的な家長の稀一君が探せと言えばシャー君は従わざるを得ないし、例え恩人であろうと穀潰しの双葉君にはシャー君を強く止められる程の権力は無い。何よりシャー君はB君が心配で、探し出して連れ帰る事に前向きだ。俺と違って経費を出し惜しみされる事も無い。」
「文句あんならテメエとの契約は、」
「嘘嘘!冗談!嫌いにならないでよ、玲ぁ〜ッ!」
「安心しろ。元より嫌いだ。」
「…そんなあ。」
Aがしょんぼり俯く男の頭に踵落としでも喰らわせてやろうと思った時、男は顔を上げた。